化学サバイバル 三井化学・橋本会長Photo by Tohru Sasaki

「2026年度はエポックメイキングな年になる」――。25年、ダイヤモンド編集部の取材にそう語った三井化学の橋本修会長(当時社長)の予測は、この一年で現実になり始めた。三井化学は25年に石油化学事業の分社化を決め、26年初めには三菱ケミカルグループなどとのエチレン製造設備集約を発表した。三菱ケミカルも石化事業を分社化する方針を打ち出し、日本の石化業界で歴史的な構造改革が一挙に進んだ。ところが、橋本会長は石化再編の「本番はこれからだ」と明言する。特集『化学サバイバル!』の本稿では、橋本会長を直撃し、発言の真意を語ってもらった。(聞き手/ダイヤモンド編集部 金山隆一)

エチレン製造設備の統合は通過点
国内再編の「本番はこれから」

――昨年に石油化学事業の分社化を決めました。今後10年で三井化学はどのような会社を目指すのでしょうか。

 基本的には二つの事業に分かれていきます。一つは石油化学を中心としたベーシック&グリーンマテリアルズ、もう一つはICT(半導体・電子材料)やライフ&ヘルスケアなどの成長領域です。

 石油化学はエチレン製造設備の再編だけで終わる話ではありません。誘導品まで含めて再編が進み、最終的には2~3社に集約されるでしょう。今回のホルムズ海峡危機では、ナフサ由来の化学製品が生活のあらゆる場面を支えていることが一般の方にも認識されました。不幸中の幸いでしたが、この産業は国内のエッセンシャル産業として強い形で残っていくと思います。最終的にはIPO(新規株式公開)も視野に入れた独立企業となり、日本製鉄やJFEのように、日本の石油化学を支える中核企業になってほしい。それがベーシック&グリーンマテリアルズの到達点です。

 一方の成長領域では、半導体やバイオ、ヘルスケアなどで世界と戦える会社を目指します。世界で戦うには一定の事業規模が必要です。M&Aや再編も活用しながら、グローバルで勝負できるスペシャリティ企業へ育てていきたいと思います。

――石油化学事業の分社化後、三井化学の成長を担う柱は何になりますか。

 成長をけん引するのは、半導体、バイオ、ライフ&ヘルスケアです。どの市場が伸びるのかを見極めながら、最適なスペシャリティ材料を供給できる会社にしていきます。ヘルスケアやICTは、三井化学だけでは十分な事業基盤がありません。そのためM&Aによって事業を広げていく必要があります。

(6月に発表した)米歯科材料大手のウルトラデント買収もその一つですし、ICTも大手半導体パッケージメーカーの新光電気工業への資本参加だけで十分とは考えていません。石油化学では再編を優先しますが、スペシャリティではできるだけ自らイニシアチブを取りながら事業を育てていくことが基本になります。両者では経営の考え方が違います。

――エチレン製造設備の再編が一段落した今、日本の石油化学業界は次にどのような段階へ進んでいきますか。

 エチレン製造装置の再編はかなり見えてきました。しかし、それで終わりではありません。原料の多様化やケミカルリサイクル、GX(グリーントランスフォーメーション)を取り込みながら、コンビナートそのものを造り直していく段階に入ります。そのためには会社そのものがまとまる必要があります。

 今回の再編でも調整には本当に時間がかかりました。会社が多いままでは調整だけで膨大な時間がかかる。会社が2~3社に集約されれば、クラッカーだけでなく誘導品、研究開発、人材、物流まで一体で最適化できます。特に研究開発は大きい。同じテーマを各社が別々に研究するのではなく、技術を集約することで開発スピードは大きく上がります。そこから新しい技術が生まれ、日本の石油化学はもう一度競争力を取り戻せると思っています。

 国内で力を蓄え、IPOした強い会社として世界へもう一度挑戦する。地球上で残っている最後の巨大市場はアフリカです。そこにもう一回チャンスがある。国内再編は縮小ではなく、そうしたホワイトスペース(未開拓市場)へ再挑戦するための基盤づくりなのです。

――「今年はエポックメイキングな年になる」と以前に話していました。その意味を改めて教えてください。

 本番はこれからです。ホルムズ海峡危機によって再編はさらに加速するとみています。今年度中にいろいろな動きが出てこなければ(温暖化ガス排出削減の期限である)30年度には間に合いません。三菱ケミカルグループの石化事業の分社化方針だけを指してエポックメイキングと言っているのではありません。今年は会社再編に向けた具体的な動きや新しい枠組みが見え始める一年になると思っています

橋本会長は、石化再編はエチレン製造設備の再編から企業の再編に移行すると明言する。次ページでは、橋本会長が、再編が今後、どのように進んでいくのかについて明らかにするほか、三井化学をどのようにスペシャリティの会社に育てていくのか方針を語った。

(改ページ)

西日本は「瀬戸内海連合拡大」もあり
石油元売りとの調整が「一番難しい」

――三井化学もエチレン製造設備を持つ、日本最大の石油化学基地である千葉では、今後どのような再編が焦点になりますか。

 千葉は、欧州のケミカルパークのように、一体運営された先進的なコンビナートを目指すべきだと思っています。消防や保全、エンジニアリングなどのバックヤードを各社が個別に持つのではなく共有化すれば、人材も有効活用でき、コスト競争力も高まります。

 そこへGXやケミカルリサイクル、バイオナフサなど新しい原料や技術を組み合わせることで、これまでとは全く違う競争力のあるコンビナートを造ることができます。

 千葉は消費地に近く、日本最大の石油化学基地です。だからこそ日本を代表する先進的なコンビナートにならなければならない。将来的なスキームについては、関係する会社同士が再編する方法もあれば、ヨーロッパのように千葉地区だけを一体運営する、いわば「京葉コンビナート株式会社」のような新しい形も考えられます。

――三菱ケミカルグループと旭化成と3社で進めてきた、大阪・岡山(水島)で地域をまたぐ再編が大きく進展しました。今後は瀬戸内海全体を視野に入れた再編へ発展していくのでしょうか。

 大阪と水島の再編については、(パイプラインで)つながっていない拠点でシナジーを出すなんて普通に考えたら難しいわけで、私も最初は本当にできるのか半信半疑でした。まずは議論してみようという気持ちでしたが、話し合いを重ねる中で、地域をまたいでも十分シナジーが生まれることが見えてきました。そこで初めて、「これはできる」と思いました。

 だから私は、大阪・水島で終わりだとは考えていません。瀬戸内海全体へ広がる可能性は十分ありますし、その可能性を排除しているわけでもありません。周南(山口県)や大分まで含め、どの組み合わせが日本の石油化学の競争力を最も高められるのか。これからそうした議論は必ず出てくると思います。

 会社同士がまとまる方法もあれば、株主会社同士がまとまる方法もある。スキームは一つではありません。大事なのは会社の形ではなく、日本の石油化学全体の競争力をどう高めるか。クラッカーだけではなく、誘導品まで含めて一体で考えていかなければ、本当の意味での再編にはならないと思っています。

三井化学・橋本会長事業再編が特命の代表取締役会長
はしもと・おさむ/1963年東京都生まれ。87年北海道大学法学部卒業、三井石油化学工業(現三井化学)入社。2019年取締役専務執行役員、20年4月代表取締役社長、26年4月代表取締役会長(事業再編の特命事項担当)に就任。 Photo by T.S.

――千葉(市原)と川崎の東京湾や瀬戸内海で再編を進める際、ENEOSホールディングスや出光興産といった石油元売り各社はどのように関わっていくことになるのでしょうか。

 ここが一番難しいところです。石油元売りにとって主力事業は石油精製であり、石油化学ではありません。石油精製と石油化学は一体で動いているので、化学だけ切り離せば済む話ではない。大阪と水島でも、水島にはENEOSの製油所があります。市原ではまた事情が違います。地域ごとに条件が違うため、一律の答えはありません。

 最終的には、それぞれの石油元売りが石油精製と石油化学をどう位置付けるかによって再編の姿も変わってきます。ここは今後の石化再編で最も難しいテーマになると思っています。

――三井化学のスペシャリティ領域について伺います。モビリティ事業は今後、三井化学の中でどのような位置付けになっていくのでしょうか。モビリティ事業の中核はポリプロピレン・コンパウンド(自動車向け高機能樹脂)で、石油化学事業ともいえなくもない。

 モビリティは、もともと三井化学の強みです。ヘルスケアやICTのように大型M&Aで基盤を広げるというより、自社の技術やアセットを生かして成長させていく領域になります。

 一方で、市原や大阪にはモビリティ関連の設備や技術が集積しており、石油化学事業とのシナジーもあります。ただ、現時点でベーシック&グリーンマテリアルズへ移すという話ではありません。将来の成長領域をどう描くかも含め、市村(聡)社長の下で議論していくテーマになると思っています。

――ウルトラデント買収では、オーラルケア事業の本社機能を米国へ移す判断をしました。これは今後の三井化学の経営をどのように変えていくのでしょうか。

 事業によっては、日本が本社である必要はありません。デンタル分野は米国が最大市場です。そこで勝てなければ事業は大きくなりません。今回のウルトラデント買収も、従来のような日本主導ではなく、米国主導で進めました。市場に最も近いところで判断した方が、情報も早く入り、経営判断も速くなります。

 今後も、事業ごとに最も大きな市場を中心に経営する形は十分考えられます。日本に全ての本社機能を置くという発想ではなく、事業ごとに最適な地域で経営するグローバル企業へ変わっていくことになるでしょう。

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