Photo:AI Generated/ChatGPT
いま私たちが当たり前だと思っている日本の企業の姿や、働き方、組織の常識は、最初にそれを形作った設計者や実装者がいる。『日本を創った57人の経営者』の本稿では、日本興業銀行の頭取・会長として、戦後復興期から高度成長期にかけて、日本経済の裏側を支え続けた中山素平を取り上げる。渋沢栄一が「近代日本に“調整”という機能を植え付けた人」だとすれば、中山は「高度成長期にその機能をフル稼働させた最後の人」だった。(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)
颯爽と現れ、騒動を鎮め
名を残さず去っていく
「あなたは前職では、何をしていましたか?」
「前の会社では部長をしていました。部長ならできます」
実話かどうかは定かではありませんが、バブル崩壊後、リストラの嵐が吹き荒れていた頃、ミドルの転職市場で半ば笑い話として語られていたエピソードです。
「あなたは何ができるのか」と問われて、「部長ならできる」と答えているようでは通用しない。肩書ではなく、個人としてのスキルを磨かなければ生き残れない――そんな教訓とともに広まりました。
同時にそこには「大企業の中間管理職は使えない」というやゆも含まれていたように思います。
大組織の管理職は、自ら何かを生み出すイノベーターではなく、調整や合意形成が仕事だ。変化の激しい時代には不要で、ましてやベンチャーでは通用しない。そうした空気は、形を変えながら、今もなお社会の底流にあります。
しかし本当にそうでしょうか。
社会には調整役が不可欠であり、むしろ複雑さを増す現代だからこそ必要なのではないか。その点については渋沢栄一の回でも触れました。
日本経済が最も力強く回っていた時代には、常に「調整役」がその中心にいました。
そして、その象徴的な存在が中山素平です。日本興業銀行の頭取・会長として、戦後復興期から高度成長期にかけて、日本経済の裏側を支え続けた人物です。
渋沢栄一が「近代日本に“調整”という機能を植え付けた人」だとすれば、中山は「高度成長期にその機能をフル稼働させた最後の人」でした。
企業再建、産業再編、労使交渉――。何か問題がこじれるたびに、中山の名前が水面下で挙がりました。颯爽と現れ、騒動を鎮め、名を残さず去っていく。その姿から「財界の鞍馬天狗」と呼ばれました。
もっとも、鞍馬天狗と言われても、最近の若い世代にはピンとこないかもしれません。昭和の大衆小説や映画に登場するヒーローです。あえて言えば「幕末を舞台にしたバットマン」といったところでしょうか。
絶体絶命の場面に黒頭巾にはかま姿で現れる、正体不明かつ神出鬼没の存在。刀を抜けば無敵ですが、目的は敵を倒すことではありません。混乱する時代の中で、どの勢力にも属さず、日本の未来のために動く。馬に乗ってさっそうと現場に駆け付ける姿も、バットモービルを駆るバットマンを思わせます。
次ページでは、高度成長期の日本経済を支えた中山の仕事ぶりに迫ります。日本経済が右肩上がりで伸びていたと思われがちな高度成長期ですが、実際には何度も危機がありました。また、外資の参入という脅威もあり、産業構造を抜本的に組み直す必要に迫られる局面にも遭遇します。そうした時に活躍したのが、正義のヒーロー「鞍馬天狗」でした。







