トランプ米大統領と9月29日に主要AI関連企業6社の幹部安全と対策に関する自主的な合意文章に署名したトランプ米大統領と9月29日に主要AI関連企業6社の幹部安全と対策に関する自主的な合意文章に署名した Photo:AFP=JIJI

AIの急速な進化を前に、安全確保のため開発を減速すべきだとの声が強まっている。しかし規制の設計を誤れば、大手AI企業の既得権を守り、新規参入を阻む恐れがある。一方、米中の技術覇権争いは危険な開発を加速しかねない。安全と競争を両立させるAI規制の条件を考える。(BNPパリバ証券経済調査本部長兼チーフエコノミスト 河野龍太郎)

「AI開発を減速せよ」は誰の利益か
安全論の裏に潜む競争制限のリスク

 AIの開発を減速させるべきではないか。開発の最前線にいる大手AI企業の経営者たちから、そんな声が上がった。AIが人間の制御を離れて、社会に深刻な被害をもたらす前に、安全性を確かめる時間が必要という。大手AI企業の経営者自身がブレーキを求めるのだから、その警告には耳を傾けなければならないだろう。

 だが、筆者はこの動きに疑問も抱いている。安全のための減速が、結果として先行する大手AI企業の利益を守ることにつながるのではないか。これが一点目の問題だ。

 歴史を振り返ると、革新的な技術を巡る投資競争は、過剰設備や価格下落を招くことがあった。技術の普及によって社会が恩恵を受けても、投資した企業が十分な収益を得られるとは限らない。そのため、企業には、競争を緩めて投資を回収したいという誘因が生じる。AIの開発速度について、企業が足並みをそろえるのなら、カルテルに近づく恐れはないか。

 もちろん、安全性を訴える経営者が競争制限を企てていると断定する証拠はない。しかし、安全性への懸念と自社の利益を守る動機は、両立し得る。問うべきは、経営者の本心ではなく、どのような制度が設けられ、それが誰に利益をもたらすかであろう。

 次ページでは、上記の観点からAI開発への規制の在り方を論じてみる。