ただし、政府の産業政策に協力すれば成功が保証されるわけではない。補助金には支給条件や期限があり、政策が変われば投資採算も変化する。メイク・イン・インディアは成功の条件ではなく、機会にすぎない。重要なのは、政府の支援を利用しながら、支援がなくても競争できる事業基盤をつくることだ。

インド投資で成功するための「3つの条件」

 日本企業のインド投資には、今後も大きな可能性がある。

 JETROの2025年度調査では、インド進出日系企業の75.5%が営業黒字を見込んでいる。スズキ以外にも事業で成果を上げている日本企業は少なくなく、日本企業がインドに向いていないと決めつけることはできない。

 ただし、黒字であることと、投じた資本に見合う利益を得ていることは別問題である。インド投資で重要なのは、少なくとも三つの条件である。

 第一に、現地の制度と政治を理解し、契約と経営権を守ることである。特に合弁や買収では、事業開始時だけでなく、撤退時の資金回収まで考えなければならない。

 第二に、インド政府の産業政策と、自社の利益を一致させることである。雇用創出や現地調達に貢献しながら、企業として持続的に利益を上げる仕組みが必要だ。

 第三に、現地に自らの事業基盤を築くことである。信頼できる人材を育て、品質を管理し、取引先を選び、販売網を維持する。その積み重ねなしに、巨大市場の成長だけを利益に変えることは難しい。

 鈴木修氏は、その三つを実践した経営者だった。

 ただし、1980年代のスズキには、インド政府の国民車計画に参加するという特殊な条件があった。現在の日本企業が同じ道を歩めるわけではない。だからこそ、鈴木氏の成功を精神論だけで捉えてはならない。

 学ぶべきは、国家の政策を事業機会に変え、経営の自主性を守り、現地に産業基盤を構築した経営戦略である。

 インドは「次の中国」ではない。中国とは異なる政治制度、産業構造、金融規制、企業文化を持つ独自の巨大市場である。人口14億人という数字に期待して資本を投じるだけでは、成功は保証されない。

 インドの成長に投資することと、インドで利益を生む事業をつくることは、まったく別なのである。鈴木修氏が日本企業に残した最大の教訓は、そこにある。

(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)