「手術場で焼肉実験する人なんていませんよ。機材室でね。電極は滅菌するので使用後はちゃんと水洗いして床もふいておいてくださいね」

 と看護師長。

 「はい、わかりました」

 と私。

 すぐに機材室の片隅の小さなスペースで実験に取り掛かった。まず持ち込んだレバーに電極を刺し、マイクロ波メス1分凝固を行ってみた。そして電極を刺した面が出るように肝臓に包丁をあて、切り込む。そして割面を開くと私は驚いた。

 「手術中は数ミリしか焼けなかった肝臓が20ミリ以上焼けている。手術中の肝臓とこの牛レバーの違いは…血流か?」と。

 血が通った肝臓ではいくら焼こうとしても血流がラジエーターのように組織のオーバーヒートを抑えていたのだった。

 数日後の病院病理室。2台の顕微鏡で向かい合って同じ標本を観察する私は、病理部長のH先生が示すマイクロ波で照射したレバーの標本を顕微鏡でのぞいている。

 「どうして牛の肝臓を焼いているの」

 と質問するH先生。

 「手術中のマイクロ波でガンや肝組織に照射しても広い範囲で焼けないので、どうすればうまく焼けるかを考えていました」

 「それで何が変わるのかね」

 「肝臓の血流を止めて照射すると、広く、よく焼けるということは、治療効果と治療範囲が上がるのです」

 その後、電極が改良され、お腹を開けずに体外から電極を肝臓に挿入するマイクロ波凝固療法やラジオ波療法が普及し始めた。そんななか、T病院の放射線科にM先生が部長として赴任された。

 M先生は体の動脈や静脈の血管からバルーンカテーテルという風船つきの針金を入れて、肝臓動脈のみならず肝静脈も風船でふさぎ、一時的に肝臓の血流を完全に止めるテクニックを持っていた。私はM先生を説得して動物実験センターへつれて行き、麻酔をかけた豚の肝臓で血流を止めたマイクロ波実験を行った。そして、病院や患者さんの了解を得て、レントゲン室でM先生と共同で、肝臓の血流を止め、お腹を開けずに、1回のマイクロ波やラジオ波の照射、熱凝固で治療効果の高い肝ガン治療を実施した。患者さんは手術に比べ驚くほど負担が少なく確実に治療できることで、短期間で元気になり退院された。

 当時、外科仲間には「ホルモン焼き療法」とひやかされたが、今では肝血流を止める肝ガンの熱凝固療法は一般に知られるようになっている。