TPPによる経済効果分析の謎

 TPP(環太平洋経済連携協定)に日本が参加することで、日本経済全体としてどれほどの利益が得られるのか――こうした経済効果を数値で評価しようとする計算(シミュレーション)がいろいろなところで行われている。

 日本政府が発表したシミュレーション結果では、TPP参加から得られる経済的利益は約3.2兆円であった。小さくもないがそれほど大きくもない、ほどほどの数値といえるだろう。

 他方、この分野で著名な米国ブランダイス大学のピーター・ペトリ教授らが出した経済効果は、もっとずっと大きな規模であった。彼らのシミュレーションでは、交渉締結から少しずつ経済効果が拡大を続け、2025年時点で日本のGDPを2.2%程度押し上げる力があるという。これはおおよそ10兆円の規模となる。この効果はその後も毎年続くので、2035年までの10年間で少なくとも100兆円前後の経済効果が期待できることになる。大変な額である。

 なぜ日本政府の出した数字とペトリ教授の数字の間にはこれだけ大きな違いが出てくるのだろうか。計算方法の違いと言ってしまえばそれだけのことだが、政府が行ったシミュレーション手法は、経済学では古典的と言える手法に基づいたものであるのに対し、ペトリ教授の手法は最新の経済学の知見を取り込んでいる。実は、この2つの比較は、TPPのみならず、日本の成長戦略を考えるうえで非常に重要なポイントとなるのだ。

メリッツ教授が提示した新たな考え

 政府が行ったシミュレーションの手法は、経済学では最も基本的な、昔からある手法だ。いろいろな産業の需要と供給の構造を規定して、貿易自由化によってそれらの需給がどのように変化するのかを分析し、TPPの経済効果を計測する。

 よく知られているのは、この手法で得られる貿易自由化の経済的効果は一般的にその規模が小さくなるということだ。経済学の世界では、この研究で著名なシカゴ大学のアーノルド・ハーバーガー教授にちなんで「ハーバーガーの三角形」と呼ばれるものである。

 こうした手法については、古くから、貿易自由化の効果を過小評価しているとの批判が寄せられてきた。しかし、他に有力な手法が開発されないため、古典的な手法での分析に頼らざるをえなかったのだ。