しかし、この日、遺族たちは、提訴を発表しようと示し合わせていたわけではない。最終報告書の報告会を聞いて、「亡くなった子どもに、かける言葉がない」という悔しさから、つい思いが噴き出してしまったのだという。

“限界”と記した最終報告案を受け
話し合いを望む遺族も

 一方、裁判ではなく、あくまで市教委との話し合いを望む遺族もいた。

「私は、市教委との継続的な話し合いが、まだ不足しているのかなと思う」(当時小学6年生の真衣さんを亡くした鈴木典行さん)

 また、当時小学6年生のみずほちゃんを亡くした佐藤敏郎さんは、「検証委員会にも期待したのですが、最終報告書について委員自ら“不十分だ”“限界だ”と認めるような状況なので、次のステージに移る道を探っていきたい」として、こう語った。

「ずっと市教委や検証委員会と国会答弁のような質疑を続けてきて、ようやく本当のことを言ってくれるのかと思ったら“検討していきます”“忘れました”…。このまま続けていっても何が残るのかという思いがあるので、そうじゃない形のことをいろいろと考えています」

 検証委員会は最終報告書で、<強制力のある調査権限もなく、免責などの形で良心的な証言者を守る力も与えられていない立場では、事実調査に一定限度の限界があったことは否めない>と、“限界”があったことを記した。

 その結果、<残された家族の持つ疑問の全てに答を見出すことができたかと問われれば、それは十分にはできなかったと言わざるを得ない>ことも認めた。

 結局、検証委員会は、報告書の<はじめに>の中で、<この事故の直接的な要因は、避難開始の意思決定が遅く、かつ避難先を河川堤防付近としたことにある>とした。

最終報告案から変更された点も
しかし大きく変わった部分はなし

 第9回委員会で示された報告書案から主な変更点は、次のような記述だ。

<その背後には、次の二つの面で、数多くの要因があった。

①学校における防災体制の運営・管理がしっかりとした牽引力をもって進められず、また教職員の知識・経験も十分でないなど、学校現場そのものに関わる要因

②津波ハザードマップの示し方や避難所指定のあり方、災害時の広報・情報伝達体制など、災害対策について広く社会全体として抱える要因>