アイゼンハワーに
賢慮のリーダーシップを見る

 今からちょうど70年前のこと。1944年6月6日に、人類史上最大規模の軍事作戦であるフランス・ノルマンディー海岸への上陸作戦が敢行された。映画「史上最大の作戦」や「プライベート・ライアン」でご存知の方も多いと思うが、第2次世界大戦の欧州戦域で、ナチス・ドイツに対する連合軍の勝利を決定づけた重要な戦いである。

 Dデイと呼ばれる作戦初日だけで13万人以上もの将兵が延長100km近い海岸に殺到し、以後1カ月間でその数は100万人を数えた。まさに空前絶後のプロジェクトであり、このような大作戦を人類は二度と経験することはないだろう。

 これまで私は、経営や戦争における人間の行動や組織・リーダーシップのあり方に興味を持ち研究を続けてきた。このノルマンディー上陸作戦という史上最大のプロジェクトの研究を進めるうちに、私の興味は、極めて複雑な人間関係をうまくまとめあげ、この巨大なプロジェクトを遂行していったリーダーシップとはどのようなものなのか、という点に絞られていった。

 この作戦に関わったリーダーたちの思考と行動を解析することが、極限の修羅場でこそ力を発揮する危機のリーダーシップの本質を浮き彫りにするはずだ……民間事故調査委員会のメンバーとして「3・11」の東日本大震災で起きた福島第一原子力発電所での事故を調査する中で、危機のリーダーシップの欠如を目の当たりにした私は、そのような問題意識をさらに強く持つようになったのである。

 そこで、危機のリーダーシップをアリストテレスの唱えた「フロネシス」(暗黙知やコモンセンスを基盤とする実践知のことで賢慮や実践理性とも訳される)の切り口でとらえるべく研究を始めた。当初は、英国首相のチャーチルについて調べていた。ところが、チャーチルが作戦準備の過程で下したさまざまな決断を見るにつけ、連合軍最高司令官としてノルマンディー上陸作戦の指揮を執ったアイゼンハワーに心が引かれていったのである。

Dデイ3時間半前。出撃前の兵士たちをねぎらうアイゼンハワー(中央左)
Photo:The National Archives

 アイク(アイゼンハワーの愛称)は、16年間も中佐のままで、大佐で退役することが最大の夢という極めて平凡な軍人だった。しかし、アメリカの参戦により、彼の運命は一変する。わずか5年ほどの間に、中佐から元帥まで、史上最速の昇進を遂げてしまうのである。彼の経験とその判断(ジャッジメント)の数々を読めば、凡人が非凡化していった過程がわかる。貴族出身のチャーチルは無理としても、アメリカの庶民出身で凡人だったアイゼンハワーには自分もなれそうだと思えるだろう。「危機の時代」を生きる今の日本人にはとても参考になるはずだ。

2014年5月、これまでの研究成果をまとめた『史上最大の決断』を上梓した。戦争を経営学の視点から描いた点に、この本のユニークさがある。アイゼンハワーの決断、アメリカ、イギリス、ドイツ各軍リーダーの判断、また戦術や武器のイノベーションなど、「実践と知性の総合」によって勝利したノルマンディー上陸作戦を題材に、本連載であらためて、複雑系の戦史から何を学ぶかを論じてみたい。(つづく)
 

【最新刊】史上最大の決断

史上最大のプロジェクト
「ノルマンディー上陸作戦」を成功に導いた
賢慮のリーダーシップ


『失敗の本質』から30年。「偉大なる平凡人」にして連合軍の最高指揮官・アイゼンハワー、天才政治家・チャーチル、現場指揮官・パットン……多士済々の知略と努力が「史上最大のプロジェクト」を成功に導いた!

経営学の世界的権威が、20人のリーダーたちが織りなす「史上最大のプロジェクト」成功の軌跡を分析。勝者と敗者それぞれのリーダーは、何を、どのように、判断したのか―― 戦史は、成功の本質失敗の本質も教えてくれる。

野中 郁次郎/荻野 進介:著
定価:本体2200円+税
発行年月: 2014年5月 

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