よく言われているように、誰もが採用したい2割の学生と、残りの8割の差がさらに大きくなっているといってもいいかもしれません。これまで「単位もいらない、ただ鈴木寛と一緒に学びたい」という想いで私の自主ゼミに集まってきてくれた学生は、2割のなかの選りすぐりであったことが改めてわかりました。

 この2ヵ月で学生の平均像が見えましたし、まだまだ、鍛え甲斐がある、つまり伸びしろがあるということでもありますので、何をやらねばならないか、課題が明確になった有意義な時間でした。

ストーリーテリング能力が落ちた今の学生

 課題を感じたプレゼンには、概ね次の3パターンに別れます。

 1つはダラダラしていてメリハリがないこと。話すときの体の姿勢や目線も、人前で発表することに慣れていない印象があります。自分なりの考えがまとまっていないので、話す内容も要領を得ていない。思いが洗練された言葉・表現にまで練られていないのです。

 高校を卒業するまで、おそらくそうした経験を十分にしてこなかったのだと思います。この点も、最近は高校によっては、プレゼン力を磨いている私学もありますので、出身高校による差が激しくなっているのかもしれません。

 2つ目は、威勢のいい、それなりに難しい言葉を使ったプレゼンで元気はいいのですが、一般名詞の羅列で具体的イメージが湧かない。たとえば二言目には「イノベーションが……」などとどこかで借りてきた言葉の羅列・切り貼りになっている。知っていることの開陳、レポート、まとめとしては悪くないのですが、主語、主体がない。

 プレゼンが終わると「説明はわかったが、それで自分は何がしたいのか」という疑問が湧いてきます。インプットした知識を十分消化できておらず、情報を取捨選択して、自分の文脈、自分の言葉で再構成できていないのです。

 SFCには学生起業家もいるくらいですから、下手な新卒社会人よりも遥かに完成度の高いプレゼンをする学生もいます。ただ、一見うまくやっているように見える学生のなかには“落とし穴”にはまっている場合もあります。それが3つ目の「プレゼンずれ」、つまり悪い意味でプレゼンに慣れてしまっているパターンです。

 喋り自体はまさに立て板に水なのですが、自己陶酔的で今一つ心に響かない。話のテクニックが先行気味といいますか、場の空気を読み取りながら、相手の顔をみながらの感情移入する力も弱く、熱が伝わらない。かえって、話が流暢であるだけに、信頼されない残念なパターンです。

 いずれにせよ、全体としてはストーリーテリング能力が落ちてしまっているように感じます。