そのために加工品になることが多く、そうでなければボイル品で出回ることがほとんどで、刺身でもおすすめの上モノですらボイルになってしまうことが多いのだ。生のままの姿で、県外に出ることはほぼ皆無なのである。

 よって、地元だけがその美味しさを楽しめるチャンスになるのだが、その地元でもボイルを消費されることが多い。

 さらに厄介な問題がある。ベニズワイガニは扱いがポイントとなる非常に繊細なカニ。深海に生息しているためエラなどに泥が入っているため、下処理をきちんとほどこさないと生臭さが出てしまう。さらには、ゆで方を間違えると身がスカスカになる。ヘタに扱うと美味しさが半減してしまうのだ。

 ようは、「生の姿」で、「上手に調理する」ことが本来の美味しさを楽しむためのポイントになってくる。そこさえ乗り越えれば松葉ガニとそん色のないベニズワイガニ。紙一重ならぬ「カニ一重」の状態なのである。磨けば光るダイヤの原石でありながら、都会に出るチャンスがないアイドル……なんとも不遇なカニだったのだ。

不遇なカニの救世主「ベニガニ有志の会」

境漁港では7時ごろからカニのセリがはじまる。ずらりと並ぶ赤いカニの姿は圧巻

 しかしそんな不遇なカニに転機が訪れる。カニ王国・境港のカニの漁獲量に翳りが見えてきたのだ。ベニズワイガニ漁は1960年代から始められ、その後どんどん漁獲量は増え、1984年には3万1000トンになったが、それをピークに減少の一途をたどり、2000年代に入ると、その量は全盛期の4分の1までに落ち込んだのである。

 そこで2004年、水産庁が船別漁獲制限、7、8月の休漁制限、小型ガニ保護などの資源回復計画をスタートした。前シーズン水揚げした総量のうち10パーセントをカットした量を1漁船ごとの上限とするという「船別漁獲割当制度」は日本で初の導入だ。そして、資源と生態系の保護に積極的に取組んでいる漁業を認証する「マリンエコラベルジャパン」第1号の取得とともに、漁獲量の減った生産者の水準を守るために、ベニズワイガニの付加価値を上げるための活動がはじまった。

 主に9割が加工に使われるベニズワイガニの残り1割について、付加価値を高めていこうと誕生したのが「境港ベニガニ有志の会」。生産者、加工、飲食、自治体、などの有志で結成され、イベント、料理教室、情報発信などでベニズワイガニの普及に努める。

 「境港ベニガニ有志の会」のHPを見ると……赤い。カニの被り物を着用した会員のカニピースの写真。記事を読むと、その情熱はベニズワイガ二の色並みに赤い。「これほどまでにポテンシャルの高いカニはいない! 旨い! 安い! そこに10人いたら、10人すべてを幸せにするカニなんです!」と語る会長の濱野政和さんも熱かった。地元の海の幸を楽しめる料理店「味処 美佐」の店主でありながら、ベニズワイガニのPRのために“会員の正装”であるカニの被り物姿で、イベントに情報発信にと奔走する日々だ。

 ベニズワイガニの地位向上にあたって有志の会における、最初の課題は「家庭でのベニズワイガニ普及でした」(濱野さん)。おおむね、カニならなんでも「リスペクト」エリアの人間からは、にわかに考え難いが、カニ王国・境港においては、「ベニはもらうものであって、金を払うほどのもんじゃない」。いわば「松葉の代用品」という認識が主流だった。ゆでたベニズワイガ二は、いわば「こたつにみかん」レベルの「おやつがわり」で、「ベニズワイガニの町・境港」でありながら、現実としては「わざわざベニズワイガニを調理した」郷土料理が存在しなかったのだ。