多様な学生の確保は多面的な入試から

 わたしは多面的入試導入を支持する。なぜならば、大学での教育が転換を迫られているからだ。多面的入試で選抜された学生であれば、画一的ではなく多様な資質を持っているはずだからである。

 大学の授業が、文系の巨大教室に典型的に見られたような一斉に知識の伝達がなされるものであれば、均質な学生集団の方が効率的だった。

 しかし、授業で議論をするようになれば、均質な学生だけでは議論は盛り上がらないし、多様な価値観がぶつかり合うこともない。これからの大学教育を豊かにするのは生徒の多様性だと思う。

 わたしが設立に参画した早稲田大学法科大学院の初期の授業はそうだった。多彩にして多様な人材が入学してきた。多様な学生による議論は個々の学生の幅を広げる。多様な価値観に触れることで、学生の価値観が揺さぶられ、学習の広がりをもたらすのだ。授業中にも、休み時間の廊下でも、あちらこちらで議論をしていた。

 今年3月に東京工業大学で開催された教育改革国際シンポジウムで、マサチューセッツ工科大学(MIT)のエリック グリムソン副総長(学術振興担当)は、挨拶で開口一番、「このような講堂はもう要らない」と話した。知識の伝達は事前にビデオで行えばいい。そして、小さなラボをたくさんつくり、そこで学生数人での議論をするのだ。これがこれからの教育だと彼は語った。

 設立当初の法科大学院では、担当教員が事前に膨大な資料を提示、それを予習して授業に参加することを求めた。大学院生であるから、事前に知識を伝達しなくても参考資料を読みこなしてそれに合わせて基本書(法律書)で知識を体系化して理解することが求められた。授業はもちろん教員や学生間でのディスカッションだ。

 そうしたディスカッションでは、多様な価値観がぶつかり合うような議論が有用となる。均一な意見ばかりでは議論にならない。議論を豊かにするためには多様な価値観が必要なのだ。それがこれからの大学教育の価値を上げることになる。

 さて、これから導入されようとしている新共通テストは、日本の高等教育を変えることができるのだろうか。まずは11月末に出てくる中教審総会での新共通テストに関する答申、そして今後のさらなる議論に注目していきたい。