投票率が落ち込んだら
民意の反映と言えるのか

 確かに、解散権は首相の専権事項であり、「政治とはそんなもの」という冷めた見方はできる。だが、好き勝手に解散するのは憲法違反という説もあるうえ、争点ぼけの「どっちらけ選挙」で、投票率が低くなった場合に、それが国民の信任を得たということになるのだろうか。

 2000年以降の総選挙の投票率をみると、2000年6月25日62.5%(森内閣、「神の国」解散)、2003年11月9日59.9%(小泉内閣、なれ合い解散)、2005年9月11日67.51(小泉内閣、郵政解散)、2009年8月30日69.3%(麻生内閣、追い込まれ解散)、2012年12月16日59.3%(野田内閣、近いうち解散)となっている(投票率はいずれも小選挙区)。

 小泉劇場と言われた2005年の郵政解散と、民主党への政権交代の期待が高まった09年の選挙では、投票率は7割近かったものの、安倍政権が誕生した12年の前回の選挙でも、投票率は6割に届いていない。もし、今回の総選挙の投票率が5割程度に落ち込んだらどうなるか。ある選挙区で5人が立候補し、投票率が50%で得票率が25%の候補者が当選したとしよう。この場合、50%×25%で全有権者の12.5%の支持しか受けていないのに、当選することになる。

棄権という意思表示を
吸い上げるすべがない

 もちろん、投票は有権者の義務であり、少しでもましな政党・政治家に票を入れるしかないというのも本質を突いた議論ではある。だが、政治に興味を持ってもらい、投票率を上げる責任は、一義的に政党と政治家の側にある。

 民間の株式会社を考えてみよう。株式会社の最高意思決定機関である株主総会は、原則として「議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席」して成立する。政党・政治家の政策が商品だと考えれば、まずは興味を持ってもらい、投票所に5割以上の人が足を運ばなければ、その選挙は無効ということになる。しかし、今の選挙の仕組みでは、棄権した人たちの意志を拾い上げるすべがない。

 例えば、投票率が5割未満の場合は、その選挙は無効とすれば、政党・政治家が掲げた政策(公約)と有権書の問題意識がズレまくっていることが明らかとなり、政党・政治家は自らの課題設定を練り直さなくてはいけなくなる。加えて、投票数の5割以上を獲得する候補者が出るまで、再選挙を行うということにすれば、選挙はもっとエキサイティングなものになるだろう。