高齢化が進む経営者たち。次の世代にバトンを渡す時期は迫っている。事業承継も含めた相続対策に関する知識を得て、早い段階で取り組むことが必要だ。

事業承継対策は待ったなし
自社株の評価減で節税効果

「後継者だからってあまりにも不公平。私も会社の株をもらわないと割に合わない」

 自動車のエンジン部品メーカーを経営する加藤敏一社長(仮名・64歳)は、叫ぶ長女のけんまくにあぜんとするしかなかった。

 加藤社長は2年前のがんの手術をきっかけに、長男への事業承継を決意。証券会社に勤めていた長男は会社を継ぐことを当初ためらっていたが、繰り返し説得した末、決意してくれた。長男に経営を託すため、自社株や事業用の不動産の贈与を考えていると話を切り出したところ、長女がかみついてきたのだ。

 加藤社長が個人で持つ資産は、預貯金と土地を合わせて2億円程度。だが、自社株などの事業用の資産は少なく見積もっても6億円近くに上る。そのため、長女の目がくらんでしまったのだが、そもそも自社株や不動産は事業に欠かせないもののため、換金は難しい。

 経営を継ぐ長男でも自由にできる財産ではないことは明らかなのだが、それでも長女は譲らない。経営がうまくいかなければ、長男がすぐに会社を清算し、財産を懐に入れるのではないかという思いがあるからだ。

 疑心暗鬼の長女に配慮して、姉弟で自社株を均等に分ければ丸く収まるのかもしれないが、将来経営に横やりを入れるようなことになっても困る。ただでさえ、新製品の開発など会社の事業拡大で手いっぱい、無用な争いを招きそうな相続まで頭が回らず、加藤社長はいまだに結論を出せずにいる。

 こうした事例は、事業承継をめぐってよく起こる問題の1つだ。経営を引き継ぐ後継者には、自社株をはじめ事業上の資産の大半を相続・贈与させることが多い。そのため分割する財産が、1人に集中してしまう傾向がある。他の兄弟に相続させる分の預貯金など、個人としての資産が少なければなおさらだ。

 財産分割でのトラブルを避けるためには、早い段階で対策を立て不公平感を生まないように個人の資産形成を見直したり、節税に向けた手法を練ったりすることが欠かせない。一方で、みずほ信託銀行によれば「病気をきっかけに、あわてて事業承継の対策を始める経営者は多い」という。日本の経営者の平均年齢は59歳。調査会社の帝国データバンクによると、1981年から31年連続で上昇し続けているといい、事業承継に向けた対策は待ったなしの状況だ。