普通の旅館や温泉に飽きたら“秘湯の宿”だ。登山ブームの折、下山後の一風呂に最適な東北の10の秘湯を「日本秘湯を守る会」の佐藤好億名誉会長に紹介してもらった。

 秘湯の宿。なんと神秘的で、魅惑的な響きだろうか。人里を離れ、山道をどこまでも上っていった先に佇む小さな宿。何百年、何千年も前からこんこんと湧く元湯を、先祖代々守り続けている、温泉宿だ。

夏油川渓流に点在する「元湯夏油」の露天風呂は温泉が床や壁から湧き出る“源泉湧き流し”

 温泉宿は長い歴史の中で、大きく二つの役割を果たしてきた。一つは農民や炭鉱作業員、木こりなど里に生きる人々が病気やけがを癒やす療養所としての役割。もう一つは山岳信仰の拠点としての役割だ。秘湯の裏山の多くは、八百万の神や御霊が宿る神聖なる山。里の人々は宿から山に入って祭祀を行い、山頂まで登ってご来光を仰いだ。温泉宿は古来、登山の拠点であった。

 温泉宿の歴史を日本で最もしっかり守る東北地方。中高年の登山ブームが深まる中、ここでは、東北の名山散策の拠点となる秘湯を10カ所、「日本秘湯を守る会」の佐藤好億名誉会長に紹介してもらった。同会は、土地の風習や食文化を伝承する秘湯の宿の支援を目的に1975年に発足。約180の宿が加盟している。

 北から順に、まず青森県では、「八甲田歩きの起点であり、奥入瀬渓流、十和田湖散策にもいい」と佐藤氏が言う「元湯 猿倉温泉」。

 八甲田山の南側の麓にあり、毎分1000リットルの湯量がある青い濁りの硫化水素泉だ。強い泉質は木をすぐに腐らすため、湯船と洗い場には石が敷いてある。八甲田山は冬の厳しさが印象深いが、夏は花の名所で、秋は紅葉が素晴らしい。

 北奥羽の美しい山岳景観を有する八幡平の中腹、標高1100メートルの平地にある蒸ノ湯温泉「ふけの湯」は開放感が素晴らしく、湯治場の雰囲気が残る。宿から数百メートル離れたくぼ地に、五つの露天風呂と地熱を利用したオンドルがある。ブナやダケカンバ、アオモリトドマツの森に囲まれた露天風呂は最高だ。

 秋田県の最南端、栗駒国定公園にある泥湯温泉は、江戸時代から湯治客でにぎわった歴史ある温泉。「奥山旅館」の周囲は硫黄の臭いと蒸気が立ち込めている。複数の源泉を持ち、風情ある内湯と複数の露天風呂を楽しめる。ここを起点に1周12キロメートル、標高差500メートルほどの泥湯三山コースを楽しめるほか、「川原毛地獄温泉という滝つぼの湯が近く、地獄巡り散策も楽しい」と佐藤氏。

絶景の宿で蒸し湯
胃腸病に効く湯の宿

 「元湯夏油」は、複数の建物が並び、湯治宿街の風情を残す1泊2食付きの旅館部と、共同炊事場のある自炊部に分かれていて、後者は1泊2000円台で泊まれる湯治宿である。「歴史と伝統があり、特別天然記念物の噴泉塔(石灰華ドーム)があり、花の百名山にいだかれた土地」と佐藤氏。夏油三山にはブナ、ミズナラなどの巨木が点在する。