>>(上)より続く
だが、意見を闘わせる相手には思えなかった。平田と黒井は、問題の本質に向かい合うことをしない。広報課という会社の顔になる重要な部署で、なぜ1人の男性社員ばかりに仕事が集中しているのか、その歪さを徹底して議論しようとしない。文句を言い易い清水をとりあえず叱ることで、その場を取り繕おうとしているのだ。
清水がその場を離れようとすると、2人は漫才師のようにじゃれ合っていた。
互いに「心ここにあらず」
理不尽な異動で決心がついた
半年後の今年5月、清水は会議室に呼ばれた。数週間前から「何かありそうだ」という雰囲気を、何となく察知していた。年1回の人事異動は7月1日にあるが、その辞令が出るのがこの時期なのだ。会議室には、平田と黒井がいた。部屋に入ったとき、黒井が「どうぞ、どうぞ」と手を差し出した。咄嗟に、自分が異動になると察知した。
黒井は清水に対して、普段はそんな丁寧な態度をとらない。「もう俺の部下ではないのだ」といった思いが、その仕草に出ていた。一方の平田は黙ったままだった。妙にさわやかだった。
その後入ってきた担当役員の伊藤は、席に座ると清水に告げた。
「君には、営業部に行ってもらう。向こうの担当役員の匠さんや、部長の大槻君も、君のような30代の男が欲しいと言っている。よかったじゃないか……」
黒井は、「伊藤常務が懸命に動いてくれて、君が腰を据える場所を見つけてくれたんだ」と言い始める。そして、「今度の部署では、30代の男として……」と忠告を始める。清水は返事もしなかった。1時間近くに及ぶ話の終わりに、「異動を受け入れるか否かは、考えさせてください」とだけ答えた。
3人は黙り込む。その後のことを清水は覚えていない。興奮していたのかもしれない。記憶にあるのは、担当役員の伊藤が内線電話で、営業担当役員の匠のもとへ急いで連絡をしていたことだ。清水が「謀反」を起こしたから、2人の役員で協議をしたのだろう。