日本軍を組織論から分析した『失敗の本質』の愛読者として知られる新浪剛史・サントリーホールディングス社長。同書から「リーダーは曖昧模糊とした判断をするべきではない」ことを学び、実践してきたという。最近読み直して痛感したのは「旧日本軍的発想が今の日本の企業社会にも残っている」こと。類い稀なるリーダーシップ、その実践力を高く評価する野中氏が、新浪氏の「戦史の読み方、学び方」について聞く特別対談を3回にわたってお届けする。

ローソンプロジェクトのメンバーは
『成功の本質』を熟読していた

野中 新浪さんは様々なメディアで、『失敗の本質』を座右の書にあげておられ、著者の一人として大変光栄に思っておりました。出版されたのは1984年で、それから31年が経ちましたが、最初にお読みになったのはいつでしょうか。

新浪剛史
サントリーホールディングス社長

新浪 三菱商事に入って3、4年経った頃、出版されてすぐに読みました。当時、食糧・食品本部という部署の若手有志で勉強会をやっており、そのテキストだったんです。

野中 そうでしたか。当時はバブルに向かう時代で、景気は上向きでしたね。そんな時に失敗をテーマにした本書を手に取られたわけですね。

新浪 はい。扱っている題材は日本軍ですが、内容は企業経営に通じる戦略論だと思いました。何より読んでいて面白かった。「成功より失敗から学ぼう」という問題意識が僕らにはありました。

野中 座右の書というからには、それからも折に触れて目を通されたと。

新浪 その通りです。三菱商事は2000年にローソンの株を2割買い、2001年にはダイエーに代わって筆頭株主となります。その前の1999年に、株を買うか買わぬかを決める極秘ミーティングが連日、社内で行われていたのですが、リーダーを中心に多くの人たちが、『失敗の本質』を読んでいたと思います。

野中郁次郎
一橋大学名誉教授

野中 ほう。どんなメンバーだったのでしょうか。

新浪 トップは当時の常務で、その下に食品系の本部長クラス、そして、私を含め課長クラスが何人かいて、ちょうど大将、准将、若手将校といった感じでした。将来に向けたプロジェクトだったので、部長級は呼ばれていませんでした。上下おかまいなく、侃々諤々の議論をほぼ毎日、早朝や深夜に、3、4カ月続けました。私はまだ40歳にもなっておらず、一番年下でしたから、事務局を担当していました。私自身は、ローソンへの出資は大変な困難を伴うと思っていました。

野中 それは意外な話だ。なぜですか。

戦略目的を曖昧にするな
反面教師としての日本軍

新浪 ローソンの組織文化が三菱商事と大きく異なるように感じられ、それはどうにも変えられないだろうと。それに対して、別のメンバーが「いや変えられる」と言う。そういう議論を延々とやっていました。それを可能にしたのがトップの腹の大きさでした。僕は副官の副官くらいでしたが、ミーティングのトップとも気を使わずに話ができる環境で、ずいぶん議論しました。

野中 最終的にはローソン株を買ったわけですね。

新浪 はい。投資額は、当時、三菱商事始まって以来の大きな金額でした。上が決断した後は、それまでの反対派も賛成派も関係なく、部門の垣根も超えて、ローソンの企業価値を上げようと一致団結しました。

 最初に議論を尽くす。その内容をもとにトップが明確な決断を下し、一糸乱れずに実行する。今考えても、すごい意思決定をしたんだなあと思います。後に僕をローソンに出したことも含め、当時、自分が同じ立場だったら、ああいう決断ができただろうか、できなかっただろうなあ、と考えることがあります。