『社内プレゼンの資料作成術』がヒット中の元ソフトバンク社員・前田鎌利さんと、ソフトバンクの社内研修等を担当している人材開発部長・源田泰之さんに、ソフトバンク流「社内プレゼン」について語り合ってもらった。なぜ、ソフトバンクでは、社員に対する「社内プレゼン研修」に注力するのか?そこには、会社の競争力を高める重要な戦略があった。(進行:田中泰、構成:田中裕子)

社内プレゼンで「オリジナル」を追求してはならない

――プレゼンが上手になるコツはございますか?

前田 とにかく場数を踏むことですね。最初からうまい人なんていません。僕も若いころは、ずいぶん恥をかきました。

 たとえば、よかれと思って、やたらと効果音を入れてしまったことがあります。スライドを切り替えるたびに会議室に効果音が響き渡り、決裁者はじめその場にいた人たちから失笑を買ってしまって……。

 そのときは顔が真っ赤になるほど恥ずかしかったですが、それでさすが気づきますよね? 余計な音声は邪魔なだけだって。その繰り返しで上達するんじゃないでしょうか。

源田泰之(げんだ・やすゆき) ソフトバンク株式会社人材開発部部長。1998年入社。営業を経験後、2008年より現職。グループ社員向けのソフトバンクユニバーシティ及び後継者育成機関であるソフトバンクアカデミア、新規事業提案制度(ソフトバンクイノベンチャー)の事務局責任者。ソフトバンクユニバーシティでは、経営理念の実現に向けて社員への研修を企画し、社内認定講師制度などのユニークな人材育成の制度を運用。ソフトバンクグループ株式会社・人事部アカデミア推進グループ、SBイノベンチャー管理部長を務める。また、大学でのキャリア講義や人材育成に関する講演実績など多数。

源田 あと、「オリジナルを捨てろ」というのも大事なポイントだと思います。プレゼンって、とにかく上手な人を徹底的にパクることが上達への近道なんです。最初から「自分流にアレンジしよう」とする人がいますが、たいていダメですね。自分の個性をアピールしようと考える人ほど、何が言いたいのかわからない謎めいたスライドやグラフをつくってきます。

前田 ああ、それ、すごく大事ですよね。まずは上手なプレゼンをたくさん見て、いいところを素直に真似ることをおすすめします。ソフトバンクには孫さんをはじめプレゼンの名手がたくさんいらっしゃいましたから、僕もどんどん真似させていただきました。
 たとえば、「ソフトバンク新30年ビジョン」のプレゼン資料。これは、孫さんが社会に向かって発信するプレゼンですから、社内プレゼンとは違いますが、それでも参考になるポイントが山のようにあります。

――具体的に参考になるポイントを教えていただけますか?

前田 たとえば、「数字」の見せ方がすごくうまいんです。30年ビジョンの説明に入る前に、今後300年間に何が起こるかをプレゼンしているのですが、ここでコンピュータの情報処理スピードが人間の脳を圧倒的に凌駕していくことを強く印象づける。

 そのために、とにかく「数字」で押していくんです。脳の細胞数は300億。一方、一枚のチップに入るトランジスタ数は30年で現在の100万倍、すなわち脳細胞300億の1垓倍(1兆×1億)になる。そして、2018年には脳細胞の数を超える、という具合です。スライドを見た瞬間に、その「数字」が目に飛び込んでくるように設計されているんです。

源田 なるほど。

前田鎌利(まえだ・かまり) 1973年福井県生まれ。東京学芸大学卒業後、光通信に就職。2000年にジェイフォン(現ソフトバンク株式会社)に転職して以降、と17年にわたり移動通信事業に従事。2010年に孫正義社長(現会長)の後継者発掘・育成機関であるソフトバンクアカデミア第1期生に選考され第1位を獲得。孫正義社長に直接プレゼンして幾多の事業提案を承認されたほか、孫社長のプレゼン資料づくりも数多く担当した。その後、ソフトバンク子会社の社外取締役や、ソフトバンク社内認定講師(プレゼンテーション)として活躍。2013年12月にソフトバンクを退社、独立。ソフトバンク、ヤフー、株式会社ベネッセコーポレーション、大手鉄道会社などのプレゼンテーション講師を歴任するほか、全国でプレゼンテーション・スクールを展開している。著書に『社内プレゼンの資料作成術』(ダイヤモンド社)がある。

前田 グラフの処理もうまいですよね。余計な要素は全部取り除いて、「2018年に脳を超える」というイメージが一瞬でつかめるように徹底的に加工されています。スライドの意味を読み解く必要のないように編集しているんですよね。

源田 前田さんは、そうやって学んでたんですね。

前田 ええ。このような優れたプレゼン資料を参考にしながら試行錯誤すればきっと上達します。今回、僕がまとめた『社内プレゼンの資料作成術』には、そうやって身に着けてきたノウハウがたくさんつまっています。「キーメッセージは13字以内」「グラフは左、メッセージは右」「ポジティブ・メッセージは青、ネガティブ・メッセージは赤」など、社内プレゼン資料の「型」のようなものです。ただ、本当のことをいうと、これは僕のオリジナルというわけではなく、孫さんやソフトバンクの先輩たちの英知を僕なりにまとめたものなんです。感謝の気持ちでいっぱいです。

源田 でも、社内プレゼンに特化した本ってなかったじゃないですか? 書店にいくとプレゼンの本はたくさんあるんですが、社内プレゼンにぴったりくるものってほとんどないんです。ジョブズやTEDのプレゼン術ももちろん参考になるんですが、あれは決裁をとるためではなく、観客の共感を得るためのスキルですしね。だから、今回、前田さんがこの本をまとめてくれたのは、本当にありがたいことです。

前田 ありがとうございます。僕自身がそうでしたが、プレゼンは「型」を覚えたら、見違えるように上達します。「型」にはめることで資料作成にかかる労力が大幅に減るのはもちろん、採択率も確実に上がります。『社内プレゼンの資料作成術』は40分もあれば読める本ですが、仕事の効率が格段に上がるうえ、自分が思い描くプロジェクトを実現するチャンスもつかめるようになる。そう思っています。

社内でプレゼンの「型」を共有する

源田 僕は、ソフトバンクの社内研修の担当者でもありますから、その立場で指摘しておきたいことがあります。この本で書かれている「型」を社内で共有することが、とても大事だということです。

 前田さんがソフトバンク在籍中に社内のプレゼン講師をお願いしたのにはわけがあります。当時、ソフトバンクは買収により、異なるプレゼン文化をもつ人が混在していました。そのため、決裁者が戸惑うケースが多くて、決裁スピードがなかなか上がらなかった。前田さんの「型」を社内で共有することで、その問題を解決できるんじゃないかと考えたんです。

前田 そうでしたね。シンプルな話、人によってグラフが右だったり、左だったりするだけで、決裁者は戸惑いますからね。一定の「型」を共有することで、決裁者のスライド読解力は格段に上がります。しかも、すべてのプレゼンが3~5分で終わるので、決裁スピードが圧倒的に早くなります。

源田 はい。実際、前田さんのプレゼン術を実行した部署で、決裁スピードが1.5~2倍になることが実証されています。

 現代は、社会の変化が激しい時代ですから、意思決定スピードの速さは企業の命運を左右すると思います。もちろん意思決定を間違えることもありますが、意思決定スピードが速ければすぐに軌道修正もできる。

 これは、企業の競争力そのものです。もしも、ソフトバンクの意思決定スピードが速いとすれば、それは、社内プレゼンの「型」を共有する努力を続けていることも要因として挙げられるんじゃないかと思っているんです。

前田 そうですね。もちろん、プレゼンは会社の文化によって千差万別ですから、ソフトバンクで培った僕のやり方がそのままあてはまらない会社もあります。

 ただ、さすがに、文字がびっしりつまった数十枚のペーパーを会議中に読んで意思決定するようなスタイルでは、時代のスピードに追い付けないでしょう。シンプル&ロジカルなソフトバンク流のプレゼンスタイルが、きっと多くの会社の参考になると思っています。

 そして、源田さんのように社内研修を担当される方に、一人でも多く社内プレゼンの重要性を認識していただき、社員さんのプレゼン力の向上、さらに社内での「型」の共有化に取り組んでいただければと願っています。

源田 そうですね。その意味では、世の社長さんに『社内プレゼンの資料作成術』を読んでほしいと思っています。会社のトップの理解があれば、われわれ研修担当も仕事がやりやすいですから。その結果、会社の意思決定スピードが上がり、業績も向上する。これからも、そんな仕事をしていきたいと考えています。