先頃、カタールの首都・ドーハで開催されたワシントン条約締約国会議では、「大西洋産クロマグロ」の禁輸が俎上に乗せられ、日本中の注目を浴びた。禁輸案が可決され、寿司店や鮮魚店から本マグロが姿を消すなどということになれば、まさに「日本の食卓の一大事」だ。フタを開けてみれば、マグロ禁輸案は大差で否決され、幸いにして「21世紀版ドーハの悲劇」は免れたが、油断は禁物だ。マグロを取り巻く環境を見れば、今後も各国が禁輸に動かざるを得ない状況に変わりはない。マグロ問題はなぜこれほど紛糾しているのか?(取材・文/友清 哲、協力/プレスラボ)
これじゃ、商売あがったり?
クロマグロ禁輸に怯える関係者
「ニュースを見て、胸をほっと撫で下ろしました」
こう語るのは、JR中野駅前に店を構える大手居酒屋チェーンの店主である。
店主が胸を撫で下ろした報道とは、先ごろカタールの首都・ドーハで開催されたワシントン条約締約国会議(絶滅の恐れがある動物の国際取引きを規制する会議)において、大西洋産クロマグロ(本マグロ)の禁輸提案が否決されたことだ。一連の報道により、店主は近年にないほどの不安を覚えたという。
この店には、チェーン店共通のメニューとは別に、店主推薦の「オリジナルメニュー」がある。馴染み客のなかには、これを目当てに、週に2~3回のペースで通ってくる人もいるという人気ぶりだ。
特に注文が多いのは、旬の魚介類5点を1300円程度で楽しめる「刺身の盛り合わせ」。他の居酒屋チェーンにはマネのできない新鮮さがウリだ。万一、ドーハでクロマグロの禁輸が可決されていれば、そんな人気メニューから、目玉となるマグロが消えてしまうところだった。
「水揚げ量の減少に伴い、ここ数年魚介類の仕入れ価格はどんどん高くなっていました。当店では新鮮なネタを安く仕入れる独自のルートを作って乗り切ってきましたが、この上マグロの禁輸でも決まろうものなら、まさに“商売あがったり”でしたね」(店主)
肝を冷やしたのは、居酒屋ばかりではない。回転寿司店、スーパー、水産加工会社、鮮魚店といった外食、流通、メーカー各社はもちろんのこと、遠洋漁業の漁師など、廃業の危機に晒された関係者も多かった。
マグロの消費量が年間40万トン以上にも及ぶ日本において、高級種であるクロマグロの消費量は、世界の7~8割を占めている。もし禁輸確定なら、食卓に鮮魚が上がることが多い日本が被る影響は深刻だった。築地市場では年間80億円もの売り上げを失っていたとも言われ、市場内では禁輸反対を声高に叫ぶシュプレヒコールが上がったものだ。