安倍首相に対し「歴史修正主義者」との批判があるが、中国や韓国にも歴史修正主義は存在し、北東アジアではさながら「歴史修正オリンピック」が開催されているかのようだ。日本はこの競争を続けるべきなのか。カナダ出身のスティーブン・ナギ国際基督教大学准教授による論考をお送りする。
安倍談話と9.3習近平演説の相克
安倍首相は、北東アジアにおける歴史修正主義の“独占権”までは持っていないようだ。2015年9月3日、抗日戦争反ファシスト戦勝記念日70周年を祝して、習近平中国国家主席は、軍事パレードを執り行った。目的は異なるが、習近平主席と安倍首相はともに、過去を利用して東アジアの将来を形成しようと試みる、歴史修正主義の競争を行っている。
安倍首相側は8月14日の談話で、 旧日本軍の残虐行為を認めていないと批判されていたことに対して、当時の日本は「国際動向」を見失っていた、とする20世紀の歴史物語を唱えた。安倍談話については、過去の政府のポジションを受け入れるだけでなく、過去の謝罪を次のように拡大することにより、以前の謝罪よりも踏み込んだものになったと評価する声もある。
〈その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。〉
実際のところ、そこに真実があったとしても、安倍談話は「2歩前進、1歩後退」している。彼は「侵略」と「責任」というキーワードを述べ謝罪したが、旧日本軍が東アジア諸国に与えた甚大な被害を認めた以前の首相談話を踏襲したに過ぎない。また勇敢にも、彼はこのような発言もしている。
国際基督教大学准教授。1971年カナダ生まれ。2004年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程(国際関係)修了、2009年同博士課程修了。2007年早稲田大学アジア太平洋研究科のリサーチ・アソシエイト、2009年香港中文大学日本研究学科助教授に就任、2014年より現職。早稲田大学「アジア地域統合のための世界的人材育成拠点」シニアフェロー、香港中文大学香港アジア太平洋研究所国際問題研究センター研究員を兼任。研究テーマは北東アジアの国際関係、日中関係、アジアの地域統合及び地域主義、非伝統的安全保障、人間安全保障、移民及び入国管理政策。
〈あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。〉
ここに、安倍首相の歴史修正主義者としての問題の核心が横たわっている。彼の言葉に行動はともなわず、8月15日は閣僚たちが靖国神社を参拝したり、談話の歴史認識は、南京大虐殺や慰安婦問題、旧日本軍の行為といった歴史的事実を伴わないものだった。彼の歴史物語は、広島・長崎と関連付けられた日本の被害と、軍事政権が被害者であり加害者でもあったことを認めることのみだった。
同様に習近平主席は、9月3日、戦後70周年記念の場を使って、日中間の紛争と第2次世界大戦において、日本から中国を解放しただけでなくファシズムから世界を解放した戦いの中心的役割を果たしたのは中国共産党である、と歴史を書き換えている。この物語には、とかく問題がつきまとう。「Forgotten Ally」の著者 Rana Mitterは次のように滔々とまくし立てる。「蒋介石の国民党が、ほとんどの重大な戦闘に従事し、残酷な争いの犠牲者の多くも国民党であった」と。