キリンビールは主力商品「一番搾り」や「ラガー」を筆頭に、長くビール業界を牽引し大きな存在感を示してきたが、2001年に首位を他社に明け渡した後、近年5年連続でシェアを落とすなど低迷が続いた。そんななか、2015年上半期は「一番搾り」等のビール課税出荷量を19年ぶりに増加させ、競合のなかで唯一シェアアップし、業績の低迷から一人勝ちへ転じることに成功。2015年1月に同社の代表取締役社長に就任し、その好調を牽引する布施氏に、ビール業界の現状、経営戦略や組織運営の根幹についてお話を聞いた。

業界内での「一人負け」が
変革のきっかけに

多田 まず、ビール市場と御社の現状を教えていただけますか。

布施 ビール市場は全体的に縮小傾向にあります。若者や女性のビール離れが顕著になっているといわれており、出荷数や消費量も徐々に減少しています。そして、キリンビールを含めた大手ビール4社が激しい競争を繰り広げています。

キリンビールは「一人負け」からどう脱却したのか?ふせ・たかゆき
キリンビール代表取締役社長。1982年、キリンビール入社。首都圏統括本部首都圏営業企画部部長、近畿圏統括本部大阪支社支社長を経て、2010年に小岩井乳業株式会社社長、14年3月にキリンビールマーケティング社長に就任。15年1月1日からキリンビール社長にも就任。

 私は2015年1月にキリンビールの社長に就任しましたが、営業部隊であるキリンビールマーケテイングの社長に就任した昨年から、「一番搾り」に活動を集中し、機能系ビール類で勝つという戦略を継続し、全ての競合他社が2015年上半期に出荷量を減らすなか、当社はプラス成長の実績を残せました。これも、社員が小さい成功をコツコツと積み上げてくれたおかげだと思っています。

多田 それ以前の状況はどうだったのでしょうか。

布施 私はキリンビールの社長に就任する前、2014年3月にキリンビールの営業を担うキリンビールマーケティングの社長に就きました。その年の7月、上半期でキリンビールが一人負けを喫したという報道が出ましたが、非常に苦しく、厳しい状況でした。この出来事を報じた7月11日の新聞記事を、私は今でも持っています。

多田 悔しさを絶対に忘れないと。

布施 そうです。記事の内容は的確でした。事実を真摯に受け止めて、その悔しさを変革のばねにしなければいけないと心に決め、すぐに全社員にメールでメッセージを伝えました。私と社員の意思のベクトルを同じに調えなければと考えたのです。それは、会社の業績が悪くなるとどんな企業にもあると思いますが、「会社の方針が悪い」「戦略が間違っている」「他の部門が悪い」「商品が悪い」「営業が悪い」などという声が聞こえ、他責の風潮がはびこると、組織は負のスパイラルに陥ってしまいます。そこで、社員に対して「変革のばねにするために、社内に敵味方はなしでいこう」と強く発信したのです。

 また、「お客様の喜びにつながる仕事へシフトチェンジしよう」という意思表示もメッセージに加えました。会社は、業績が悪くなるとマネジメントを過剰に強くしようする傾向があると思います。より厳格に規則を守らせたり、必要以上に報告を求めたり、無駄な会議を行ったり、集約業務が多くなったり。そうすると、お客様に向かい合う時間が少なくなってしまいます。

 そこで、日ごろ感じることを遠慮なくメールで伝えてほしいと社員に呼びかけました。すると毎月100通くらいのメールが届き、「あの業務は無駄」「お客様の喜びにつながっていない業務が多い」という意見があがってきたのです。そうした意見をくみ取り、私は全社員に向けて「お客様の喜びにつながっていない業務はゼロにするよう見直してほしい」という要望を伝えました。

多田 社内に他責的な空気がまん延する前に社長自ら発信されたのですね。

布施 はい、とはいえ悪い流れから脱却する決定打となるような策は思い浮かばず、悩んでいました。