世界初の先物取引市場は、日本で生まれたことをご存じだろうか。デビッド・モス教授は「近代的金融システムの形成」という選択科目で、18世紀、世界に先駆けて大坂で生まれた「堂島米市場」の事例を取り上げている。授業で使われる教材には、徳川吉宗、淀屋(江戸時代の豪商)等が登場し、先物取引市場が誕生するまでの過程が描かれている。日本の金融史の話は珍しいこともあって、学生に最も人気のある事例の1つだそうだ。

江戸時代の日本人はなぜ先端的な先物取引市場を設立し、運営することができたのか。堂島米市場が生まれた背景を解説していただく。(聞き手/佐藤智恵 インタビューは2015年7月26日)

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世界初の先物市場は
江戸時代に生まれた大坂・堂島米市場

江戸時代、日本は金融立国だった!<br />再評価される世界初の先物市場“堂島米市場”デビッド・モス David Moss
ハーバードビジネススクール教授。専門は経営管理(特に金融史、政策史)。同校のBGIE(ビジネス・政府・国際経済)部門に所属。MBAプログラムでは選択科目「近代的金融システムの形成」、「アメリカ民主主義の歴史」、ハーバード大学の学部生プログラムでは「アメリカ民主主義の歴史」を教えている。アメリカ国内はもとより世界各国のエグゼクティブ講座でも教鞭をとる。日本では野村マネジメント・スクールの教授も務めている。ハーバードビジネススクールを代表する人気教授であり、学生が選ぶ「最高の教授賞」を過去8回受賞。近編著に“Preventing Regulatory Capture: Special Interest Influence and How to Limit It”(ダニエル・カーペンター編、デビッド・モス編、Cambridge University Press, 2013).

佐藤 MBAプログラムの選択科目「近代的金融システムの形成」では、日本の堂島米市場(大坂堂島にあった江戸時代最大の米市場=世界最初の先物取引市場)について学びますね。なぜこの事例を教材にしようと思ったのですか。

モス 堂島米市場のケースは、複雑な要素がからみあっていて理解するのが難しいケースなのですが、なぜか学生からはとても人気があります。毎年、期末試験のレポートで、最も引用されることが多い事例です。

「近代的金融システムの形成」の授業は、学生に財政・金融システムの成り立ちについて深く理解してもらうことを目的としています。金融システムの確立には次の3つの“I”が不可欠です。Instrument(金融商品)、Intermediaries(金融仲介機関/販売代理人)、そして Institutions(金融制度)です。授業ではこの3つがそれぞれどのように形成されてきたかを学びます。

 実はこれらは、「その時代、その場所にニーズがあったから自然にできた」というケースが多いのですが、金融商品、仲介機関、金融制度がそれぞれどのような背景で出現したのかを学べば、金融システムの本質を知ることができます。つまり何のために存在していて、どのように機能するか、ということです。金融というものは、一見非常に複雑に見えますが、成り立ちを知れば根本から理解することができるのです。

佐藤 堂島米市場は世界最初の先物市場です。堂島米市場が生まれた背景を見てみれば、先物市場の本質が見えてくる、ということでしょうか。

モス 堂島米市場のケースは少し例外ですね。先ほど、これは難解なケースだと言ったのは、市場の成立した背景を簡単に説明できないからです。江戸時代の日本の社会構造も複雑ですし、米市場が形成されるまでの過程も複雑です。なぜ大坂の堂島でこの時代に先物市場が形成されたのかについては、様々な背景を理解しなければなりません。

 そうはいっても、この事例が世界初の先物市場がどのように形成され、機能したか、というのを学ぶのに、非常に有効なケースであることは間違いありません。