もっとも、政治家があてにしているのは鉱業だけではなかった。貴重な漁業資源(タラ、ニシン、オヒョウ、コダラ)がグリーンランドの水域に移ってきていた。海水温度が上昇し、北上してきたのだ。自然災害の現場を見ようと観光客が押し寄せ、氷河が海に滑り落ちるのを眺めていた。クルーズ船の寄港は4年間で250パーセントも伸び、店では「気候変動と地球温暖化」という文字が書かれた、解ける氷の写真入りの葉書を売っていた。グリーンランド南部の農期の拡大(1990年代初期と比べるとすでに3週間も長い)により、ジャガイモとニンジンの栽培が可能となり、もっと草を育て、もっと多くの羊を飼育できるようになった。

 世界大手のアルミニウム・メーカーのアルコアが建設し、島の豊富な川の水を使った水力発電で稼働させる、処理能力が年36万トンの世界最大のアルミニウム精錬所の計画が立てられた。2隻の船が、デンマーク海峡を横断する高速インターネットケーブルの敷設を終えたばかりだ。これによって、グリーンランドからアイスランドまで、さらには北アメリカまでつながった。

 また、安価な電力と高緯度という長所を利用して、サーバーファーム(グーグルやシスコやアマゾン向けのコンピューター・プロセッサーを収めた施設)を設置する計画もあった。「普通こういう施設には大規模な空調が必要です」とミニックは説明した。

 解ける氷そのものを利用する計画まであった。水の輸出だ。「グリーンランドの氷床は推定170万立方キロメートルで、世界最大の貯水槽です」と、氷・水資源事務局のウェブサイトは豪語していた。投資家は「200万年の歴史の詰まったボトル!」を売ることができる、と。

沈みゆく国あれば、上昇する国あり

 グリーンランド住民の誰のせいでもないが、おそらくモルディヴ諸島は消滅するだろう。ツバル諸島も消滅するだろう。キリバスも、マーシャル諸島も、セーシェル諸島も、バハマ諸島も、カーテレット諸島も。バングラデシュは少なくとも国土の5分の1を失うだろう。フィリピンのマニラ、エジプトのアレクサンドリア、ナイジェリアのラゴス、パキスタンのカラチ、インドのコルカタ、インドネシアのジャカルタ、セネガルのダカール、ブラジルのリオデジャネイロ、アメリカのマイアミ、ヴェトナムのホーチミンの大半も水没するだろう。

 これらの土地を水浸しにするだけの水量が、世界最大の貯水槽であるグリーンランドの氷床(島の81パーセントを覆う内陸部の氷の塊)に貯えられている。1996年以来、氷床が解ける割合は毎年7パーセントずつ増している。いつの日か完全に解けてしまったら、世界の海面は6メートル以上上昇する。(同74-77ページより抜粋)

 もちろん、ファンク氏も言うとおり、グリーンランドに暮らす人たちに責任はないのかもしれない。だが、何かがおかしい、という違和感も拭い去れない。
 ファンク氏が密着取材した、グリーンランド自治政府のある若きリーダーの言葉は、気候変動とカネの関係は、彼らにとっても私たちにとっても一筋縄ではいかない問題である――単なる倫理の問題だけではない――ことを思い知らせてくれる。

「なんともおかしなものですね」とミニックが言った。「氷が解ければ解けるほど、グリーンランドは上げ潮になるなんて。ほかの国は沈んでいるのに、グリーンランドは上昇中です。それも文字どおりの意味で」

「ブラック・エンジェル鉱山は、最初のときには環境にとても悪かったことは知っています」とミニックは続けた。「フィヨルドを台無しにしました。建国のためには、フィヨルドを3つ、4つ犠牲にしてもいいんでしょうか? こんなことは考えるのさえ気が進まないけれど、ここにはフィヨルドはたくさんありますからね。どうなんでしょう。これは功利主義の哲学ってことになるんでしょうね」

 ミニックは首を振って言った。「私たちは、石油を採掘すれば、気候変動が激しくなるのは十分承知しています。けれど、それはいけないことなんでしょうか? そのおかげで独立が買えるのであっても、いけないんでしょうか?」(同96ページ)

次回は、本連載で考えてきた「地球温暖化とカネ」に関する不都合な現実が、対岸の火事などではなく、日本にも関わりがあることを見ていく。果たして日本は、グリーンランドのようにジレンマを抱えつつも「加害者」となるのか、それともツバルのように「被害者」となるのか? 3月25日公開予定。(構成:編集部 廣畑達也)