これに対して、もうひとりの達人であるコトラーは次のように返した。

「価値は消費体験の中で認識される」

 労働価値説とは、モノの価値の本質は、それを生産するために投入された労働に起因するという考え方だ。サミュエルソンは、モノの価値がどのように生まれるのかをテーマに問いを投げたのに対して、コトラーはモノの価値がいかに認識されるかについて答えた。

 何となく禅問答のように聞こえる。つまり、価値が生まれる過程だけを見ていては不十分で、価値が認識される過程をも視野に入れることで、はじめて全体像を捉えることができるということだ。このモノの見方は、実はサミュエルソン自身が近代経済学を確立した考え方と一致すると同時に、サミュエルソンの数学的手法の限界にも言及するものであった。これがその後、コトラーのマーケティング理論の基本的な視点となっていく。

 コトラーはその後、ノースウェスタン大学経営大学院から呼ばれ、経済学かマーケティングのいずれを教えるか、選択を求められる。この時、コトラーを誘ったドナルド・ジェイコブスは、「君が正式にマーケティングを学んだことがないのは承知の上だ。専門が違うからこそ、新たな視点を持ち込めるのではないか」と語ったそうだ。

 コトラーもこの誘いに乗り、「経済学はすでに発展した分野だ。独自の理論を生み出せる可能性はマーケティングの方が高いだろう」と考え、マーケティングの道を歩むことを決断する。

 二人の予見は的中し、その後コトラーはマーケティング理論の発展をリードしていく存在になる。マーケティングは企業活動と一体不可分であることから、企業が直面する環境の変化に合わせて、マーケティング理論自体も変化していくことが求められる。

 コトラーは過去に少なくとも2度、マーケティングにおけるモノの見方を大きく転換している。最初は米国経済が成長期から成熟期に転じた1970年代であり、次は情報革命が起こった最近の話だ。ここではマーケティング理論の変遷、「価値がいかに認識されるか」に関する見方の変化について、あなたにも考えてみてもらおう。

【エクササイズ】
Q:成長期から成熟期に転換したときに、消費者のモノに対する見方がどう変わったのか考えてみてください。また、情報革命によって、消費行動がどう変化してきているかについても考えてみましょう。