こうした背景の危機感を共有せず、全て完璧でないと納品できない、社内の手続きもあるし時間もかかる、と自社の論理だけ主張していては、ビジネスのパートナーとしてスタートアップのそばに立つことは難しい。この場合、顧客が製品を注文することの意味は、「動く製品が欲しい」ではなく、「開発を前に進めたい」である。そうした感覚を共有することが、イノベーションに関わる企業には求められている。

駆逐される危機感がスピードにつながる

 前回の記事で、投資家向けのプレゼンテーションであるピッチについて取り上げ、解こうとしている課題、関連する自らの体験を、最初に注目される2点として紹介した。一般的なピッチの構成はその後に、どういった解決策(製品やサービス)を提供するか、成長の見込みはどの程度か、創業チームは誰か、今後の計画はどのようなものか、と続く。

 しかしビジネスを始めるのなら、それを試行するのはピッチが完成するのを待たなくてもいい。フードデリバリー・サービスのDoorDashは、出前ができないために売り上げ機会を逃しているレストランにデリバリーサービスのオプションを提供する、というサービスを思いついたあと、近所のレストランのメニューと自分たちの携帯番号を載せただけのホームページ(HP)を作成する。本当にシンプルなページだが、これに電話がかかってきたことでビジネスの可能性を感じた彼らは、その後飛躍的なスピードで成長を遂げ、デリバリーのインフラとしてセブン-イレブンなどとも提携、2013年の創業から2年弱で数百億円の評価額を得る企業に成長した。

 プロトタイプを重視するアプローチは、リーンスタートアップやデザインシンキングなどの形で体系化されているので、ご存知の方も多いだろう。もしも考えていたソリューションに対してユーザーの好ましい反応がなければ、それは課題に対するアプローチが違うということ。この解決策はダメだった、ということがわかったとして、また次の解決策を考えて(ピボットして)試せばよい。

 とはいえ実際には、創業間もないスタートアップなどでは、試す前に繰り返し朝令暮改していることも多い。水曜日に全員で「これでいこう!」となった方針が、金曜日にあらためて集まってみたら「やっぱり違うのではないか、こっちで行こう」となることもあるし、実はその間の木曜日にも2回くらい方針転換をしている、ということもある。これもまたスタートアップのスピード感である。

 “Do or Die”. こうした言葉もシリコンバレーではよく聞かれる。その背景には、急速な成長を求められるスタートアップのスピードとスケールへのプレッシャー、いつ競合に駆逐されるかわからない、あるいは自らが駆逐するイノベーターとなる、という競争環境への意識が共有されている。それは新たなイノベーションに駆逐されるかもしれない既存産業の企業にとっても、共有することが必要な感覚であると思う。

 自分たちが動かなければ会社が死んでしまう。仕事をしていてそんな感覚を抱いたことがあるだろうか。日本からシリコンバレーに来て現地の風土やビジネスに触れるなかで、筆者は初めて本当に理解し始められたように感じている。現地でそれを感じた自分が動かなければ、会社が危ないだけでなく、日本の発展はない。シリコンバレーの日本人同士では、そんな議論もよく交わされている。

【参考資料】
1)WIRED, “Slack Raises $200 Million, Is Now A … Quadricorn?”. 2016年4月

2)CB Insights, “Funding to IoT Startups Has More Than Doubled In Six Years”. 2015年11月