消えゆく“町の天ぷら屋”
神田淡路町「天兵」は庶民のための天ぷら専門店だ。若主人、33歳の井上恭兵は言う。
「私は知りませんけれど、昔、この辺(神田界隈)にはてんぷら屋はたくさんあったらしいんです。職人が暮らす町だから寿司、そば、天ぷらの店は何軒もあった。いまはうちと、そうですね、八ツ手屋さんしか残ってません」
彼の言うように、庶民が行く町の寿司屋、町のそば屋は残っている。しかし、町の天ぷら屋はなくなりつつある。天然記念物みたいなものになってしまった。
「高級天ぷらと天丼チェーン以外は生き残るのは難しいでしょう」
井上はそうつぶやいた。
町の天ぷら屋がやっていけない大きな理由は材料の高騰だ。天丼チェーンのように冷凍ものを使えば、それなりの価格で出すことができる。しかし、新鮮な魚介にこだわると、一杯の天丼が、かなりの値段になってしまう。
たとえば天兵の天丼は1250円だ。天丼チェーンのそれよりも高い。しかし、天タネは天然海老が2本、魚(キス、穴子など)が2種、野菜が2種である。赤だしとおしんこもつく。ご飯は魚沼産コシヒカリ。ご飯の大盛りはサービスだ。
天兵の場合は自宅兼店舗だから、この程度の値段で天丼を出すことができる。それでも儲けは大したことはない。850円でサービスの天丼弁当を出しているが、「弁当の儲けは1個当たり10円」とのこと。
「うちは庶民のための天ぷら専門店ですから、できるかぎりやりくりして頑張ります」
天兵は家族と親戚だけでやっている。人件費も少ない。
ひるがえって、考えてみると、正真正銘の「おいしくて安い店」とは、主人が店舗の上に住んでいて、しかも家族だけでやっている店と言えるのではないか。