空気と人的ネットワークの病根は、
日本組織の閉塞感と裏返しの関係

 以上、『失敗の本質』で指摘された2つの失敗要因について考察してきましたが、ではこの日本的組織の病根を打開する方法はあるのでしょうか。

 筆者は、正しい戦略思考が日本組織と日本人のあいだに定着することこそが、その一番の打開策になると考えています。大きな理由の一つは、2つの失敗要因が破綻を生み出すほど根を張る組織は、必ず閉塞感に覆われているからです。

 成果が上がらない、負けが続いている閉塞感を打破できないと、誤った方向として「現実との接点を失い始めて」空気や人的ネットワークによる不正な意思決定にいつしか傾いてしまいます。現実との接点を失えば、トップやその組織はやがて「妄想の世界に入る」ことになります。しかし、それは組織の外の世界である現実の前には、木端微塵に吹き飛んでしまう、いわば砂上の楼閣なのです。

 筆者は、書籍『「超」入門 失敗の本質』で、戦略策定とイノベーションの関係を次のように定義しました。

【戦略とは何か】
・戦略とは追いかける指標である
・戦略策定とは、組織が追求する指標を決めることである

【イノベーションの3ステップ】
(1)既存の指標を発見すること
(2)敵の指標を無効化すること
(3)新しい指標を導入して戦うこと

 燃費が良い自動車が売れているのは事実です。しかし、人気車になるには「燃費の追求」が唯一の指標でしょうか? そんなことはありません。新たな指標の有効性を証明している自動車メーカーがあります。例えば、マツダとスバルという日本の中堅自動車メーカーです。

 フォードと提携、傘下となったのちのマツダは、ブランドイメージを統一して現在では「スポーティーさ」「デザインの良さ」「SKYACTIVEなどの革新性」を主体に押し出しており、結果として好決算を続けています。スバルはトヨタ資本が導入されたのち、非トヨタ化の独自路線を模索して、現在では衝突予防装置のアイサイトや、北米を意識したボディデザインなど、新しい指標を追求しています。今年2月に発表された第3四半期の決算では、売上高2兆4186億円(前年同期比+17.4%)、経常利益4340億円(+50.5%)と発表されました。

 企業が対外的に高い評価を受けるには、決算数字も重要ですが、リバイバルプランなどの再生・改善計画がしっかりしており、効果的なものと認められることでも可能です。東芝の経営陣が今回の会計処理問題の初期に、このような新しい指標を会社の方針として導入し、自ら対策とともに発表をしていたらどうなっていたか。

 日本企業は戦略策定や、戦略転換(イノベーション)が苦手だと言われています。燃費が売れるために重要だと考えれば、横並びになっても燃費だけを追いかけてしまう。今の業務努力だけでは、業績を改善できないことが現実からわかっていても「同じ努力を続ける」ことにこだわり、他の指標を導入する戦略転換に思い至らない。

 日本軍の壊滅と敗戦は、遠く70年前の出来事です。しかし、私たちはそこに示された失敗を生み出す原因について、もはや過去のものだと言えるでしょうか。その病根は、昨年から続く2社の不正問題だけではなく、広く日本的組織に内在する病根だと言えないでしょうか。私たちは、2016年の現代でも、日本軍が歴史に示した『失敗の本質』から完全に脱却できず、類似の病根による過ちを繰り返しているのですから。

戦後70年、日本の組織が
新たな失敗の本質を生み出さないために

 日本人は、経験した物事から上手くいくことを探し当てる「体験的学習」の能力に長けていると言われます。事実として、経験を通した蓄積的な改善では、世界を驚かせるような業績を上げる日本企業が過去何社も生まれています。

 しかし、現代は変化のスピードが速くなり、優れた個人の体験の枠を飛び越えた形で、効果的な新指標を導入する企業だけが繁栄を続けることができる世の中になりつつあります。

 私たちは、戦略策定や戦略転換(イノベーション)の構造を明確に理解しつつ、体験を広く積み重ねることで、新たな時代に有効な新指標を導入できるビジネスパーソンを必要としています。その上で、リーダーが現実との接点を失うような形で、権威や権力を乱用しないことを強く自戒すべきです。現実との接点を失うことは、一時的な問題の隠ぺいには成功しても、やがては組織を妄想の世界に突入させ、現実に引き戻されたときにはトップも組織も破綻に追い込まれてしまうからです。

 マツダやスバルの姿は、新しい指標を導入することで企業が飛躍できるという可能性を私たちに示しています。一方で、古い指標に疑問を抱かず、それを追いかけ続けて閉塞感に陥る企業も数多く存在しています。戦略策定の能力と、現実との接点を失う問題は表裏一体であり、その両面を正しく理解することが、新たな失敗を防ぎ、日本企業に飛躍を実現する力となるのです。