職業カーストという足かせに
縛られないIT

 インドのIT隆盛に一役買ったのが、あの「カースト制度」だ。インドでは、紀元前13世紀に生まれたとされるヒンズー教の身分制度、いわゆる「カースト」が今も国民の生活に色濃く影を落としている。1950年に制定された憲法で「身分差別の禁止」が謳われているものの、根深い因習の残る農村部では、いまだにしきたりから逃れられないというのが実情だ。

 ブラフミン(バラモン)・クシャトリヤ・ヴァイシャ・シュードラという4種の「ヴァルナ(種姓)」は日本でもよく知られているが、カーストはさらに細かい職業カーストの「ジャーティ」に分かれており、その数は3000近くもあるという。

 ジャーティは出身階層だけでなく、職業や婚姻を厳しく規定しており、ジャーティ成員が父祖伝来の職業以外に就くことを忌み嫌う。また、4種のヴァルナ外に置かれた被差別階層であるダリット(不可触民)にもジャーティは決められており、ジャーティ成員は教義に基づいた職を一生続けなければならない。都心部など一部ではカースト意識が薄らぐ傾向はあるものの、カーストが違うと共に食事も摂れぬ場合があるほど、根強い心理的な障壁が今もなお残っている。

 つまり、低カースト出身者は、どんなに優秀で努力をしても、貧困から抜け出すことがままならないのだが、近年になってカーストという枠組みを乗り越える職業=ITが現れた。

 ITは新しい職種なので、ヒンズーの教義には当然規定がない。ITはインドの若年者の前に、職業カーストに囚われることなく従事でき、かつ己の努力と才覚のみで富を勝ち得ることができる希望に満ちた職業として姿を現したのだ。

 だからこそ多くの貧しい若者が、ITスキルを習得できる上位大学への進学になみなみならぬ熱意を燃やす。例えば、インド最貧の州と言われるビハールの州都・パトナには、IITへの高い合格率を誇る私塾『ラマヌジャン数学アカデミー』がある。

 生徒たちは、州の中でも特に貧しい村やスラム出身の者が多い。校長のアナンド・クマール氏もその生い立ちは貧しく、かつてオックスフォード大学に合格したものの、金銭面で入学を果たせなかった過去を持っている。ここに通う生徒たちのほとんどがITエンジニアを目指し「貧乏からの脱却」を強く胸に誓うという。

 このように、インドをIT大国へと成長させた大きな要因として、カーストによる抑圧が厳然と存在する。富と自由を求める貧困層の飽くなき情熱が、経済成長の大きな原動力の1つとなっているのである。