人間の意思決定には
「状況の力」が大きく作用する

 アッシュという米国人社会心理学者が行った有名な実験がある。明らかに長さの違う3本の線を被験者に見せ、どの線が一番長いかを答えさせるというものだ。間違える者はほとんどいないような簡単な問題だ。

 しかし、アッシュはそこにある仕掛けを作って「社会的状況」を作り出した。それは6人から8人のグループで被験者に集まってもらい、1人ずつ答えを言っていくというものである。しかし、実はこのグループはひとりを除けば、みな実験に協力してくれる「演技者」だったのだ。

 本当の被験者は、くじ引きの結果、8人中7番目に答えることになるように仕向けられる。そして、1番目の「演技者」から回答するのだが、彼らは皆一貫して「間違った回答」をするように、あらかじめ台本が書かれている。

 その様子が撮影されたビデオがある。アッシュのオリジナル実験ではない追試も含めれば、ユーチューブ等にいくつもアップされているので、興味をお持ちの方は調べてみるといいいだろう。

 典型的な被験者の反応は、以下のようなものだ。

1) 1人目が間違った回答をすると、軽く噴き出すか、笑う。ちょっと軽蔑的な笑みを浮かべる者もいる。
2) 2人目、3人目が続けて「同じように間違った」回答をすると、笑みが消え、目が泳ぎだす。もう一度真剣に課題の絵を凝視する。
3) 4人目以降も同じ回答をすると、伏し目がちになり、明らかに焦りだす。自分が「当たり前」だと思っていたことが、そうではないのかもしれないことへの、不安の表情を浮かべる。

 そして、自分の番がくると、半数以上の人が戸惑いながらも、「皆と同じ、間違った回答」をしてしまうのだ。

 この実験はシンプルながら、人間の意思決定にとって「状況の力」がいかに大きいかを示す「同調実験」として有名である。

 この実験の意味するところは大きい。ここでは被験者以外が全員演技者の「サクラ」ではあるが、彼らは1人として、被験者に強制していない。雰囲気を作っているだけだ。雰囲気に従うか否は、被験者の自由に任せている。にもかかわらず、被験者は自ら「雰囲気に呑まれる」方を選ぶのである。

 さらに、この実験で使った課題は、正解が明らかなものだ。これがもっと曖昧で、正解・不正解のわかりにくいものならば、同調効果はもっと高いだろう。例えば、皆で新しい店に昼ご飯を食べにいったとき、何を頼んだらいいかよくわからないことがある。そんなとき、誰かが1つに決めると、皆が「じゃ、私も同じものを」と言い出すことが、ままあるだろう。

 自分の決定に自信のないときほど、「状況の力」は強くなるのだ。

 そう考えると、EU残留、離脱の決定にも、ある種の「状況の力」が働いていたと考えるほうが自然だ。それがどんな状況の力なのかは、それぞれの場所で違うだろうが、重要なのは世界がそれを「イギリス人が自主的に決めた選択」として受け止めていることである。