インターネットの普及は
実は情報のローカル化を引き起こした

 かつて一世を風靡した人気ロックバンド、オアシスのギタリストだったノエル・ギャラガーは、毒舌でも有名だが、EU離脱についての国民投票についても、こう述べている。

「なんで国民なんかに決めさせようとするんだよ?国民なんてのは99パーセントが豚のうんこくらい頭悪いんだぜ」

 表現は下品極まりないが、ある意味真理をついていると思う。このような複雑な意思決定を投票で決めさせるならば、「状況の力」が相対的にかなり強くなることを、イギリスの政治家は知っておくべきだったのだ。

 EU加盟前後を比較できる世代の意思決定はシンプルだ。多分状況の力はそれほど働かない。だが、そういった人々が作り出す「雰囲気」が状況を作り出す。EU離脱後に、再びEUに戻ることは不可能なのに、そこに目がいかないのだ。

 筆者はEU離脱の決定を批判しているわけではない。状況や雰囲気に流されるだけの意思決定を蔓延させるやり方を批判している。

 イギリスのテレビ番組では、残留派と離脱派が討論したり、その是非を論じるニュース番組が流されていたという。その意味では、反対意見などもしっかりと公共場面で論じられていたのだという反論もあろう。

 だが、日本同様、いまの人々はテレビをあまり見ない。ネットでの情報収集のほうが一般的だ。そして、そこでの問題は、自分たちにとって「面白い、心地よい」情報源ばかりに偏って見てしまうということだ。確たる意見を持たない人は、たまたま遭遇したネットの雰囲気に流されてしまう。

 その雰囲気に流されてしまうまま、現実の社会でも、ある偏った集団にだけ所属すると、これはもう立派な洗脳である。インターネットによって情報のグローバル化が進んでいるように見える一方で、実は情報のローカル化が進み、異なる意見についての相互理解が以前よりも低くなるという現象が起こるのである。

 実はこのことは、日本でも起こっていると筆者は考えている。政治的にかなり偏った意見を持つ人々は、自分たちの反対意見に耳を貸さない、あるいは単純に感情的な批判しかしない。それは、自分の「周囲の雰囲気」がその色にどっぷりと浸かっているからである。自分の周り「だけ」は、自分と同じ意見だからだ。

 本来ならば、自分と反対意見の人と、自分の意見も相手の意見も「発展させよう」という態度をもって、冷静に論理的に、そして楽しみながら議論をしなくてはならない。だが言うまでもなく、それはなかなか難しい。

 ならばできることは何か。冷静なときに、できるだけ頭を柔らかくして、自分とは反対の意見を持つ人のサイトやつぶやきにアクセスしてみることだ。ムカついてはいけない。むしろ「なんでこの人は、こんな言い方をするのだろう」と分析するような気持ちで見てみることだ。

 それをしても、なお反対意見が間違っていると思うならば、言葉にしてみるといい。彼らと議論しても勝てる論理的な武器を手に入れたことになる。逆に彼らの言葉に少しでも理解できる部分があるならば、それは自分の考えが少し「発展」したことになるだろう。

 このシンプルな方法は、ビジネスの場面でなかなか関係がうまくいかない人との対話や、政治の議論でも使える。ポイントは感情的にならないことだ。それは簡単ではない。だが、雰囲気に流されて思考停止になるよりは、ずっといい。そして一番大切なのは、この方法は長い目でみると、自ら考える力をつけてくれる。将来、様々な場面で、必ずあなたの役に立つはずだ。