過熱する“遺伝子検査”に
未来はあるか

 しかし、現在はお世辞にも信用に値するとは言えないDTC遺伝学的検査であっても、その「将来の芽」を完全に潰してしまうには及ばないとも高田氏は言う。

「現在のレベルではとうてい認められるものではありませんが、例えば『東北メディカルメガバンク』によるコホート調査などの成果が上がってくると、多因子疾患に関する検査の信頼性が向上し、まだ日本では進んでいない『先制医療』や『予防医療』の基盤作りに役立つかもしれません」

「アンジェリーナ・ジョリーさんの予防的乳腺切除が象徴的に示すように、未発症の段階での医療行為が普及すれば、医療費の削減に繋がります。何より患者さんにとっても、発症してからの治療に比べて身体的・経済的負担が圧倒的に軽減され、安全性も上がります。DTC遺伝学的検査ビジネスが、将来的に国民の健康に寄与する可能性は十分にあるのです」(高田氏)

「東北メディカルメガバンク」によるコホート調査とは、15万人規模の東北地方の住民を10年にわたり追跡調査し、遺伝情報と生活習慣・環境・健康状態の組み合わせを詳細に検討する事業だ。コホート調査には多大な労力と費用が必要になるが、この事業は東北復興の一環として計画されていて、医療の発展のみならず、地域住民の健康作りや雇用の創出にも大いに役立っているという。すでに、日本人の基準ゲノム配列の決定やミトコンドリア病の新たな原因遺伝子を発見するなど、多くの成果を上げはじめている。

 しかし、検査の精度が医療レベルに近づくにつれ、事業者としては無視することのできない大きなジレンマに直面するおそれも出てくるという。

「遺伝医療においては『検査を受けてください』という言葉は絶対的なタブーなのです。DTC“遺伝子検査”の事業者にとって、『受けてください、お安くしますよ』という宣伝は当然の行為なのでしょうが、遺伝医療では自己決定に任せることを重要な原則としています」

「検査を受ける事による利益があると同時に、受けない事による利益もあるのです。深刻な事実を知らないまま生きるのも、知って受け止めて生きるのも個人の自由です。検査を受けること・受けないことによって生じるあらゆるオプションを事前に提示して、一人一人のあらゆる可能性を『遺伝カウンセリング』の中でサポートしていくという配慮が不可欠です」(高田氏)

 株式市場ではすでに「“遺伝子検査”銘柄」という名称が登場するほど、DTC“遺伝子検査”ビジネスにおける主導権争いは激化している。しかし、見境のない競争を続けていれば、米国における事例のように、産業ごと自滅してしまうという結果にもなりかねない。事業者・消費者が共に冷静な眼でサービスを評価することによってのみ、「遺伝子占い」の誹りを逃れ、国民の健康と幸福に繋がる未来を力強く切り開いて行く道が敷かれるのだ。