“文化祭”となったCESを眺めていても、新規事業のビジョンは得られないCESで発表されたソニーの電気自動車のコンセプトモデル「VISION-S」。大いに注目を集めた Photo:David Becker/gettyimages

 コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)が、1月7~10日に米ラスベガスで開催された。CESはその名の通り、エレクトロニクス業界が先進電子機器を出展する見本市だ。世界各地から17万人が訪れ、多くの日本企業関係者も殺到した。

 日本は、世界中で起こるデジタル化の波に対応できないまま2020年を迎えてしまった。待ったなしの事業転換を今度こそ開始するために、CESから何を学ぶべきだろうか。

 かつてのCESでは、ビデオテープレコーダーやDVD、高精細テレビなど、人々の生活を大きく変えるような新しいテクノロジーの発表が行われてきた。これらのハードウエアが主体だった時代は、日本企業の存在感が際立っていた。

 それが「デジタル」が主体となったことで、主役となる企業も大きく変貌した。デジタルを主導しているのは、GAFAと呼ばれる米巨大デジタル企業──Google、Apple、Facebook、Amazon──だ。それぞれが得意とする分野でユーザーとの接点を押さえ、リアルタイムで得られるユーザーデータとその蓄積がさらにデータの自己増殖を加速し、ヘゲモニー(主導的立場)を確立した。こうしてGAFAはあらゆる既存産業を侵食し、CESにおいての主役を、ハードウエア企業から完全に奪うことになった。

 しかし、その主役交代によって、CESは「文化祭」に変貌してしまった。

 コンシューマー向けの機器はスマートフォンとの通信で操作したり、種々のデータと連携して作動することが価値となり、主流になってきている。そのためCESに出品される製品の多くは、GAFAに依存せざるを得ない。

 例えば、自動的に調光するスマート電球やインターネットにつながった歯ブラシ、自動走行のスーツケース……。これらが大真面目に出展される。GAFAから主役を奪うような世界を変える製品や技術、アイデアはなかなか見られない。GAFAに依存した製品を発表し出展者側が自己満足する、まさに文化祭なのだ。