栗原卯田子(くりはら・うたこ)
成城中学校・高等学校前校長、東京都立小石川中等教育学校元校長
東京・中野区出身。1976年東京学芸大学大学院修了(教育学修士)。東京都立高校の数学科教員となる。小松川高校と本所高校の教頭を経て、水元高校(葛飾区)最後の校長として赴任。中等教育学校を設立した小石川高校(文京区)に転じ、20代目校長として高校の最後を見届けつつ、中等教育学校の2期生を送り出すまでの6年間で定年退職。成城中学校・高等学校では8年間にわたり校長として、男子伝統校の復活に努めた。
どん底の学年を前にして
2021年3月、栗原卯田子氏は校長として通った成城中学校・高等学校(東京・新宿区)を後にした。私立男子中高一貫校の女性校長は極めて珍しい。8年間に及ぶ在任期間中に、この伝統男子校は見事によみがえることができた。
――都立小石川中等教育学校(東京・文京区)の校長で定年を迎え、次に就いたのが成城中学校・高等学校(東京・新宿区)の校長職でした。男子校の女性校長は、非常にまれなケースだと思います。
栗原 都に関係する方から「力を貸してくれませんか」とお声がけいただき、4月から小田急線で通うことになるとばかり思っていました。
――成城学園(東京・世田谷区)と勘違いされていた(笑)。第一印象はいかがでしたか。
栗原 男子校とは思いもしませんでした(笑)。印象としては、「なんだか小石川に似ているな」と。あとで調べて分かるのですが、自由な空気を肌で感じました。体育の時間になると成城生はキビキビとしていて、その点は共学校の小石川とは違いましたね。
ちょうど新校舎を建設中で、赴任して最初に理事長から言われたのが、「この学校を元気にしてほしい」でした。校長室は2階で、1階には土間のように土が吹きだまった廊下があり、生徒用ロッカーに置いてあったカレーのお皿にはキノコが生えていた(笑)。ゴミも落ちているし、ちょっと不衛生な感じで、母親だったら嫌だろうなと。まず、校舎をきれいにしたいと思いました。
――早稲田大学出身の先生が多くて、早稲田に進学したい生徒が目立つ学校でしたね。
栗原 着任前は専任教諭が全員男性で、早稲田出身の方が多かったです。年々志願者が何百人と減っていたので、先生方のモチベーションも下がり、元気がなかった。生徒募集が一番の課題でした。加えて、閉鎖的な雰囲気も感じました。これは新しいことをやるしかないなと。
始業式の日、一人の生徒が校長室に来ました。「先生は小石川からいらしたんですよね。僕は××番で不合格になりました。僕も海外に連れて行ってください」と言うのです。小石川中等教育学校の繰り上げ合格に届かず、成城に来た生徒でした。
――小石川に進学していれば、海外学習の機会もあったからですね。
栗原 当時の成城はグローバル教育に手が付けられていませんでした。むしろ募集に苦戦し、不本意入学者の指導に苦労していたと思います。志望校を落ち、がくぜんとしている生徒たちをどのようにして元気にしたらいいのか。
グローバル教育=海外に行く、ということでは必ずしもありません。その生徒には、「グローバル教育をするからついておいで」と言い、その年のうちにエンパワーメント・プログラムを実現しました。
――それはどのようなものですか。
栗原 中3から高2の希望者を対象に、1日6時間、5日間の校内研修を通して、自己啓発を促すプログラムです。カリフォルニア大学の学生と議論を重ねることで、自ら課題を発見し、多様な文化を持つ人々と協働しながら解決に導き、物おじせず自分の意見を論理的に表現する力を養う、成城流のグローバル教育です。
同じ対象学年の希望者が、1人ずつ別々の家庭にホームステイするオーストラリア研修、高1・2の希望者が、台湾の大学で研修して学生と交流する台湾研修、単位認定もある1年間の留学制度なども設けていきました。