
野口悠紀雄
日本や韓国で出生率低下が進むが、労働力人口が減り経済成長に影響が出るのはかなり先で、技術進歩によって影響を緩和できる。どんな技術が生まれ社会がどう受けいれるかのほうが重要だ。

日本の賃金が上がらないのは実体経済が変わっていないからだ。変化があって生産性が上昇し賃金が上がり物価も上昇する。技術進歩がなく産業構造が変わらずに実質賃金が上がるはずがない。

韓国と台湾は1人当たりGDPで日本を追い越そうとしているが、その後も差は広がっていく。日本の停滞は高齢化だけでなく技術進歩率の低さも大きい。技術革新が日本が「逆転」できるかの鍵だ。

日本の1人当たりGDP(国内総生産)は20年ほど前からOECDでの位置が低下し、いま、OECD平均を下回ろうとしている。「先進国時代の終わり」という歴史的局面なのに日本人の危機感は希薄だ。

日本の賃金水準が停滞しているのは中国の工業化への対応を誤ったからだ。付加価値の高い産業構造への転換が必要だったが、円安政策によって生き残りを図って失敗した。賃金を上げる王道は産業構造を高めることだ。

株価時価総額ランキングが示すのは、ビジネスモデルを変えていかない限り企業価値は上がらないことだ。90年代に世界をリードした企業は消え、ファブレスや無人企業、どの産業にも分類できない企業が上位を占める。

税制で賃上げをというのは無理がある。税引き後利益が減るので効果は期待薄だ。実現には税の控除率を大幅に上げる必要があるが、資源配分を歪めるので長期的にはむしろ賃金は低下する。

日本でデジタル化や経済成長が停滞するのは、大学がデジタルやITなどの新しい産業が生まれる分野に教育や研究の方向を向けていないことが大きい。経済の立て直しには「大学の情報化」が急務だ。

成長率や賃金の高い米国と比較すると、賃金水準を上げるには「成長牽引型」産業の存在が不可欠だ。“賃上げ減税”のような小手先でなく新産業が生まれる規制緩和や人材育成に本気で取り組む必要がある。

輸入物価急騰の大きな原因は異常な円安だ。政府はガソリン元売り業者に補助金を出し価格抑制を図ろうとしているが、資源配分を歪め公平の観点からも問題だ。正攻法は金利を上げ円安を是正することだ。

日本の賃金や1人当たりGDPは韓国並みになった基本原因は“円安政策”をとったからだ。購買力が低下し、円高に対し技術革新で生産性を高めることをしなかったから競争力もじり貧になった。

日本で物価が上がらないのは賃金が上がらないからだ。物価を上げるには生産性を上げ賃金を上げる必要がある。日銀の異次元緩和は賃金を目標にしなかったのが基本的な間違いだ。

日米間で賃金上昇率に大差がついたのは、アメリカでは賃金が高い情報などの高度サービス産業が成長し、雇用もその分野に移動したからだ。旧い産業構造や終身雇用時代の意識から変われない日本は取り残された。

今進んでいる急激な円安は物価上昇によって収益悪化や実質賃金下落を招き、企業にも働き手にも「悪い円安」だ。日米の金利差をさらに拡大させないためにも緊急の利上げが必要だ。

「分配重視」を掲げる岸田新政権だが財源の有力な柱である金融所得課税の強化が“撤回”され早くも腰砕けの様相だ。社会保障改革も放置され給付削減と負担引き上げの流れがさらに強まるだろう。

JRはコロナ収束後も企業の出張費見直しや在宅勤務の広がりで乗客数が元に戻らない可能性が強い。この「構造問題」解決のために事業の基幹にかかわる大規模なリストラが必要になる。

「成長と分配の好循環」を掲げる岸田政権が発足したが、分配は重要だがもっと重要なのは経済のパイを大きくする技術革新だ。実質賃金が低下し続けてきたのも「技術進歩率」がマイナスだからだ。

習近平体制による規制強化が教育や芸能界にも広がる背景には約40年の改革開放路線を転換し毛沢東時代の共産党への原点回帰がある。明朝時代に政治が経済を止めたのと酷似する。

ビッグマック価格をもとにした為替レートでは日本の賃金は米国の6割程度だ。この差は貿易で調整されるはずだが、円高を怖がり“円安政策”がとられてきたために米国と賃金水準で大きな差がついた。

日本では不況になると“円安政策”がとられてきたが、国際的に見れば賃下げが行われたのと同じで対外購買力の低下は成長阻害要因だ。「円安のトリック」を見抜けずにきたとりわけ革新勢力の責任は重い。
