野口悠紀雄
日本の大学進学率は短大を入れて64%と米国や韓国に比べかなり低い。高卒との生涯所得の差が少ないうえ大学進学にかかる費用を取り返す期間が長くかかり経済的メリットが少ないためだ。

日本企業の実力を示す時価総額は1988年のピークをいまだ回復しておらず、日本は投資対象としても米国や中国に比べ魅力が薄れている。円安政策のもと企業が技術革新を怠ってきたからだ。

経済の地盤沈下とともに日本の賃金が韓国に抜かれOECDの統計では韓国の9割の水準だが、それでも正確な国際比較はできていない。日本では時代遅れの統計が使われているからだ。

日本経済地盤沈下の基本要因は中国の工業化だ。改革開放路線に舵を切った鄧小平と、それまで中国を社会主義の枠内に閉じ込め日本の高成長の余地を作った毛沢東が盛衰の“源流”ということになる。

日本が世界の貿易で地盤沈下したのは古い産業構造を残し円安頼みで中国製品との差別化をしなかったからだ。韓国や台湾は産業構造を高め中国などとの国際分業体制を構築して存在感を高めた。

日米で大学院卒業者の初人給に約6倍の差があるのは、米国では企業が大学院の教育を評価しているためだ。日本ではビジネススクール的な教育機能が弱く経済停滞の一因にもなっている。

日本や韓国で出生率低下が進むが、労働力人口が減り経済成長に影響が出るのはかなり先で、技術進歩によって影響を緩和できる。どんな技術が生まれ社会がどう受けいれるかのほうが重要だ。

日本の賃金が上がらないのは実体経済が変わっていないからだ。変化があって生産性が上昇し賃金が上がり物価も上昇する。技術進歩がなく産業構造が変わらずに実質賃金が上がるはずがない。

韓国と台湾は1人当たりGDPで日本を追い越そうとしているが、その後も差は広がっていく。日本の停滞は高齢化だけでなく技術進歩率の低さも大きい。技術革新が日本が「逆転」できるかの鍵だ。

日本の1人当たりGDP(国内総生産)は20年ほど前からOECDでの位置が低下し、いま、OECD平均を下回ろうとしている。「先進国時代の終わり」という歴史的局面なのに日本人の危機感は希薄だ。

日本の賃金水準が停滞しているのは中国の工業化への対応を誤ったからだ。付加価値の高い産業構造への転換が必要だったが、円安政策によって生き残りを図って失敗した。賃金を上げる王道は産業構造を高めることだ。

株価時価総額ランキングが示すのは、ビジネスモデルを変えていかない限り企業価値は上がらないことだ。90年代に世界をリードした企業は消え、ファブレスや無人企業、どの産業にも分類できない企業が上位を占める。

税制で賃上げをというのは無理がある。税引き後利益が減るので効果は期待薄だ。実現には税の控除率を大幅に上げる必要があるが、資源配分を歪めるので長期的にはむしろ賃金は低下する。

日本でデジタル化や経済成長が停滞するのは、大学がデジタルやITなどの新しい産業が生まれる分野に教育や研究の方向を向けていないことが大きい。経済の立て直しには「大学の情報化」が急務だ。

成長率や賃金の高い米国と比較すると、賃金水準を上げるには「成長牽引型」産業の存在が不可欠だ。“賃上げ減税”のような小手先でなく新産業が生まれる規制緩和や人材育成に本気で取り組む必要がある。

輸入物価急騰の大きな原因は異常な円安だ。政府はガソリン元売り業者に補助金を出し価格抑制を図ろうとしているが、資源配分を歪め公平の観点からも問題だ。正攻法は金利を上げ円安を是正することだ。

日本の賃金や1人当たりGDPは韓国並みになった基本原因は“円安政策”をとったからだ。購買力が低下し、円高に対し技術革新で生産性を高めることをしなかったから競争力もじり貧になった。

日本で物価が上がらないのは賃金が上がらないからだ。物価を上げるには生産性を上げ賃金を上げる必要がある。日銀の異次元緩和は賃金を目標にしなかったのが基本的な間違いだ。

日米間で賃金上昇率に大差がついたのは、アメリカでは賃金が高い情報などの高度サービス産業が成長し、雇用もその分野に移動したからだ。旧い産業構造や終身雇用時代の意識から変われない日本は取り残された。

今進んでいる急激な円安は物価上昇によって収益悪化や実質賃金下落を招き、企業にも働き手にも「悪い円安」だ。日米の金利差をさらに拡大させないためにも緊急の利上げが必要だ。
