野口悠紀雄
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日本銀行が12月20日に決定した長期金利の上限引き上げは、金融緩和政策の出口に向けての第一歩だ。これから、金利や為替レートが大きく変化する。ただし、賃金の停滞や円の購買力低下などの基本問題は残っている。

金融緩和策の修正で金利や為替レートは今後大きく動くだろう。輸入物価の低下で「物価高騰問題」も来夏前には収束しそうだが、国際的地位の低下や賃金の長期停滞など日本の根本問題が解決されることにはならない。

日本銀行の金利抑制策にもかかわらず、地方債のスプレッド拡大やイールドカーブの歪みは長期金利が実態的にはすでに上昇していることを示している。日銀はこの実態を認めざるを得なくなるだろう。

財政支出膨張を抑止する最大の力は金利だが、日本では異次元金融緩和政策のため金利の機能が働かない。破壊された国債市場再建が焦眉の課題であり、日銀は財政法の精神に反する国債買い入れやYCCをやめるべきだ。

日銀は物価目標を掲げての異次元金融緩和開始にあたり、「物価が上がれば、あるいは企業利益が増えれば賃金が上がる」としたが、賃金は上がっていない。金融緩和を継続するならなぜ続けるのかを説明する必要がある。

政府が「人への投資」で支援を打ち出したリスキリングで重要なのは、物事を評価する考え方や問題を分析する道具を習得することだ。統計学などの「文系数学」を学び直すことが役に立つ。

岸田首相が目指す「構造的な賃上げ」は容易な課題ではない。日本企業の付加価値は1990年代の初めからほとんど増えておらず、実現にはビジネスモデルや働き方、教育制度など社会構造を変える必要がある。

物価高対策によって消費者物価指数の伸び率が実態より過小に表示されることになり、連動する年金給付や実質賃金も変わってくる。物価高の原因に対処するのでなく、物価や金利を統制して結果を隠す政策は事態を悪化させるだけだ。

円安が続き、消費者物価の上昇率も6カ月連続で2%物価目標を超えているが、日銀は金利抑制策を止めようとしない。低金利にこれほど強くこだわるのは、異次元金融緩和の本当の目的が、低金利と円安だからだ。

円安が収まらないのは日銀が長期金利を抑えているからだ。このままでは物価高騰が続き、海外から人材が来なくなる。大規模資本逃避も懸念される。日銀は一刻も早く、長期金利を市場実勢に任せるべきだ。

物価高対策のガソリン補助金や導入が検討されている電気・ガス料金補助金は円安が残る限り続けざるをえない。円安政策を続ける一方、その後始末に防衛費に匹敵する補助金を出すのは奇妙で不合理なことだ。

政府は総合経済対策をまとめるというが、物価対策で最も重要なのは物価高騰の原因の円安阻止だ。円安を是とするのか否とするのかがはっきりしないのでは問題の本質は解決されない。

OECDの予測では日本の一人当たりGDPは2060年でもGDP1.2位の中国、インドを上回る。ただそのためには労働力減少を補うデジタル化促進が必要だ。実現できないとGDPはマイナス成長に陥る。

円安加速に歯止めをかける狙いで円買い・ドル売りの為替介入が実施されたが、そもそも日銀の「緩和維持」は円安を進める逆方向の政策であり、為替市場のボラティリティはますます増す。

米国などでの株価急落は日本以外の多くの国で長期実質金利がマイナス圏を脱して上昇しているからだ。インフレ退治のために株価の下落はやむを得ないと考えられており、株価のバブルも終わる。

物価高騰で実質賃金の下落が続く一方で企業は過去最高益を記録する。世界の大勢に逆らって日銀が金融緩和を続けるのは、政治も含めて実質賃金の下落を全く問題視していないからだ。

日米でインフレに対する金融政策の違いが円安を加速させるが、「総需要・総供給のモデル」をもとに考えれば、日本では金利上昇を容認することによって総供給曲線をシフトさせることが正しいインフレ対策だ。

日本企業は人材育成としてOJT方式を行なってきたが、デジタル技術に関してはうまく機能せず成長の停滞につながった。デジタル人材育成を掲げるデジタル田園都市構想で遅れを取り戻せるかは大いに疑問だ。

ウクライナ戦争による天然ガスなどの供給不安から原発稼働を増やせという声が上がるが、仮にサハリン権益を喪失しても第6次エネルギ―基本計画の経済成長率を現実的な値で見直すと原子力依存度をかなり引き下げることができる。

第6次エネルギー基本計画は温室効果ガス排出量を2030年で13年比46%削減するとしたが、再生エネルギーの比率は欧米に比べて低く、それに加えてウクライナ戦争で火力なども計画修正を迫られる可能性がある。
