
野口悠紀雄
円安は輸出数量を増やすとされてきたが実際はそうではない。それでも「円安が国益」と受け止められるのは売上高が輸入原材料コストの上昇率より増えれば企業利益が“急増”するからだ。

円安への人々の評価が否定的に変わった説明に海外生産比率の上昇などがあげられるが、それは間違いだ。今回の円安局面では企業が輸入原材料価格の急騰を完全に転嫁できず、家計も値上げに負担感が強いことが原因だ。

ウクライナ危機によるエネルギー価格上昇などで経常収支は赤字になったが、輸出入構造の変化で赤字は継続する可能性がある。円安スパイラルの阻止が政治の最重要課題になってくる。

20年ぶりの円安は日米金利差が開く中で日銀が「緩和維持」で利上げに動かないからだ。実質金利を維持するなら物価上昇に見合った名目金利上昇を認める必要がある。このままでは円安スパイラルに陥る危険がある。

輸入物価の急騰が続いているが、中小零細企業は価格転嫁が難しく、このままでは実質賃金は低下する。今夏の参院選は、輸入物価上昇の一因の円安政策を含め物価問題が最大の争点だ。

50歳代で年収が1000万円を超える「成功者」は、民間企業のの部長や国家公務員の本省課長クラスで、同じ世代の1割程度、大学卒の5分の1程度だ。米国の巨大IT企業の成功者とは10倍の開きがある。

高賃金企業には従業員1人当たりの売上高が大きい企業と売上高に対する付加価値の比率が高い企業がある。巨大な売り上げをあげられる企業は少ないが、ビジネスモデルや新技術の開発で付加価値を高めることは可能だ。

パート労働者の割合や労働時間を調整した日本の女性の労働力比率は39.4%とスウェーデンやOECD平均よりかなり低い。労働力不足が経済成長に影を落とす中で女性の潜在力活用は喫緊の課題だ。

米国の賃金急騰は経済回復による人手不足や物価上昇だけでなく、アマゾンに象徴される高成長IT企業による高度人材の争奪戦による面がある。日本では期待できない米国ならではの要因だ。

賃金統計の平均賃金はパート労働者が増えていることから実際より低く出る。飲食サービス業の賃金が低いのもパート比率が高いからだ。パート分を調整すると業種間の賃金格差も統計ほど大きくない。

日本の大学進学率は短大を入れて64%と米国や韓国に比べかなり低い。高卒との生涯所得の差が少ないうえ大学進学にかかる費用を取り返す期間が長くかかり経済的メリットが少ないためだ。

日本企業の実力を示す時価総額は1988年のピークをいまだ回復しておらず、日本は投資対象としても米国や中国に比べ魅力が薄れている。円安政策のもと企業が技術革新を怠ってきたからだ。

経済の地盤沈下とともに日本の賃金が韓国に抜かれOECDの統計では韓国の9割の水準だが、それでも正確な国際比較はできていない。日本では時代遅れの統計が使われているからだ。

日本経済地盤沈下の基本要因は中国の工業化だ。改革開放路線に舵を切った鄧小平と、それまで中国を社会主義の枠内に閉じ込め日本の高成長の余地を作った毛沢東が盛衰の“源流”ということになる。

日本が世界の貿易で地盤沈下したのは古い産業構造を残し円安頼みで中国製品との差別化をしなかったからだ。韓国や台湾は産業構造を高め中国などとの国際分業体制を構築して存在感を高めた。

日米で大学院卒業者の初人給に約6倍の差があるのは、米国では企業が大学院の教育を評価しているためだ。日本ではビジネススクール的な教育機能が弱く経済停滞の一因にもなっている。

日本や韓国で出生率低下が進むが、労働力人口が減り経済成長に影響が出るのはかなり先で、技術進歩によって影響を緩和できる。どんな技術が生まれ社会がどう受けいれるかのほうが重要だ。

日本の賃金が上がらないのは実体経済が変わっていないからだ。変化があって生産性が上昇し賃金が上がり物価も上昇する。技術進歩がなく産業構造が変わらずに実質賃金が上がるはずがない。

韓国と台湾は1人当たりGDPで日本を追い越そうとしているが、その後も差は広がっていく。日本の停滞は高齢化だけでなく技術進歩率の低さも大きい。技術革新が日本が「逆転」できるかの鍵だ。

日本の1人当たりGDP(国内総生産)は20年ほど前からOECDでの位置が低下し、いま、OECD平均を下回ろうとしている。「先進国時代の終わり」という歴史的局面なのに日本人の危機感は希薄だ。
