野口悠紀雄
円の価値は今年3月から16%も減価した。今や円の購買力は「ビッグマック指数」で見る「適正なレート」の半分くらいしかない。円の「先物売り」は依然として多く、投機筋は円安がさらに続くと見ている。

異次元緩和をめぐる投機筋と日銀の攻防は参院選で自民党が圧勝した結果、投機筋の「政策変更」の予測が後退しているように見える。円安がさらに進みそうだが、一方で国債先物売りがおさまるとみるのは尚早だ。

日本銀行は世界の大勢に反して金利を抑制し続けてきた結果、円キャリー取引と国債先物売りの「2種類の投機」に挟撃されている。金利抑制を続けても、変更しても投機筋に巨額利益を与える泥沼だ。

日銀は長期金利抑制を続けるべきという声があるが、国債市場の機能が損なわれれば財政資金の調達コストが正しく認識されず財政規律が緩む。無駄な支出を抑えるには金利が正しい水準にあることが望ましい。

円安が進み日銀の金利コントロールが近い将来に解除されるとの見通しの下に海外のファンドが日本国債の先物売りを拡大している。日銀は強引に金利を押さえ込もうとしているが、戦いは今後、激しさを増すだろう。

日本銀行が金利抑制で際限のない円安スパイラルが続く可能性がある。この動きに家計が加わると、大規模なキャピタルフライトが起こる危険がある。それがもたらすのは「悪夢の世界」だ。

円安・物価上昇でも日本銀行が利上げをしないのは債務超過に陥るからだ。保有国債の評価損は満期まで保有すれば表面化しなくても、当座預金の付利が増え日銀の損失増加は免れない。

円が135円台に急落しても日本銀行が利上げをしないのは、金利を上げると日銀が債務超過に陥るからだ。無謀な政策のツケで金利を正常化できず、そのため国民は円安に耐えなければならない。

2021年度の企業の営業利益は41%増の記録的な伸びだが、コロナ禍で前年度に落ち込んだ反動増だ。今後はウクライナ問題などによる原材料輸入価格の高騰で落ち込む可能性が高い。

資源価格などの高騰は最終財にもかなり価格転嫁されているが、今回の物価上昇の問題は原材料価格の高騰率が極めて高いので転嫁がわずかでも不十分だと企業収益が圧迫されることだ。打撃が懸念されるのはこれからだ。

円安抑制のため金利を上げれば設備投資を抑える懸念がいわれるが、大企業の設備投資の原資は利益剰余金が主だ。今回の円安局面では輸入コスト上昇の価格転嫁が難しく、企業の利益確保には円安阻止の方が重要だ。

円安は輸出数量を増やすとされてきたが実際はそうではない。それでも「円安が国益」と受け止められるのは売上高が輸入原材料コストの上昇率より増えれば企業利益が“急増”するからだ。

円安への人々の評価が否定的に変わった説明に海外生産比率の上昇などがあげられるが、それは間違いだ。今回の円安局面では企業が輸入原材料価格の急騰を完全に転嫁できず、家計も値上げに負担感が強いことが原因だ。

ウクライナ危機によるエネルギー価格上昇などで経常収支は赤字になったが、輸出入構造の変化で赤字は継続する可能性がある。円安スパイラルの阻止が政治の最重要課題になってくる。

20年ぶりの円安は日米金利差が開く中で日銀が「緩和維持」で利上げに動かないからだ。実質金利を維持するなら物価上昇に見合った名目金利上昇を認める必要がある。このままでは円安スパイラルに陥る危険がある。

輸入物価の急騰が続いているが、中小零細企業は価格転嫁が難しく、このままでは実質賃金は低下する。今夏の参院選は、輸入物価上昇の一因の円安政策を含め物価問題が最大の争点だ。

50歳代で年収が1000万円を超える「成功者」は、民間企業のの部長や国家公務員の本省課長クラスで、同じ世代の1割程度、大学卒の5分の1程度だ。米国の巨大IT企業の成功者とは10倍の開きがある。

高賃金企業には従業員1人当たりの売上高が大きい企業と売上高に対する付加価値の比率が高い企業がある。巨大な売り上げをあげられる企業は少ないが、ビジネスモデルや新技術の開発で付加価値を高めることは可能だ。

パート労働者の割合や労働時間を調整した日本の女性の労働力比率は39.4%とスウェーデンやOECD平均よりかなり低い。労働力不足が経済成長に影を落とす中で女性の潜在力活用は喫緊の課題だ。

米国の賃金急騰は経済回復による人手不足や物価上昇だけでなく、アマゾンに象徴される高成長IT企業による高度人材の争奪戦による面がある。日本では期待できない米国ならではの要因だ。
