『万葉集』と『聖書』にみる
古代人の関心植物

 古代人が関心を持っていた植物種類について、植物学・食物史の大家である中尾佐助が作成した万葉集と聖書における植物ランキングで探ってみよう(図2参照)。

◆図2 古代人の関心植物

©本川裕 ダイヤモンド社 禁無断転載
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 日本の万葉集に登場する植物種類は約166に達しており、この数は、ユダヤ民族の聖書、インドのヴェーダ、中国の詩経より多く、世界の古典の中で最も多いとされる。

 万葉集に登場する植物の上位10位までは、図に掲げた通りであるが、これらは、総て実用植物でなく、花や姿に特徴のある植物である。ウメ、タチバナ、サクラなどは果樹でもあるが、おおむね、果実としては歌われていない。

 一方、聖書の上位10位までは、ほとんどが食用および衣料用の実用植物である。作物のコムギ、アマ、オオムギとウルシ科のテレビンノキを除くといずれも果樹である点に特徴がある。10位以外のものをみてもほとんど実用植物であり、ユリの他、花は問題になっていない。

 なお、古代人は衣料用の植物に強い関心を持っていたと思われる。タク、タエ、ユフはコウゾとカジノキを含むと考えられるが、万葉集では多数登場する(タエは105回で第3位)。聖書でも衣料用のアマの登場回数が第4位である。

 日本人の関心は植物の美学的側面に向けられていた点が特色となっている。万葉集と聖書は詩集と宗教書という違いがあるが、その違い以上の関心の差があるといってよかろう。

 聖書と比較すると、万葉集の植物の中では、栽培植物は少ない。上位10位まででは、ウメとタチバナだけである。これら栽培植物は、いずれも中国から渡来して栽培されていたものであり、当時の先進文明である中国文化の影響によっている。

 万葉集に登場するほとんどの植物は、日本原産植物であるが、中でも、ハギが最も多い。「ハギは原生林の植物でなく、自然破壊をした後に成立するマツ林などの二次林などで目だつ植物である。ハギの歌の多いことは、万葉集時代には自然破壊がすでに進行しており、まわりにハギがかなり普通であったことを示すことにもなろう。こんな自然破壊の中で日本の花の美学は最初に誕生したのである」(中尾佐助「花と木の文化史」岩波新書)。

 このように万葉集と聖書に出てくる植物を数え上げることにより、もちろんこの分野に詳しい学者の解説つきであるが、美学的な関心の高さという日本人と植物のかかわりの特徴や万葉集の時代にはすでに自然破壊が進んでいたという事実が発見できるのである。