「親戚にタクシー会社をやっている人がいて。親父が一人でやっている時、その人から観光客の方が三日もすると見る場所がなくなるので『醤油蔵見せて』って頼まれたんです。見学していただくとみなさん驚かれて、喜ぶんですよ」

小さなボトルの醤油は「職人醤油ストア(http://www.s-kura.com)」 などからも購入できる

 予約なしでも見学を受け入れるようになったのはそれからだ。それ以来、年中無休。口コミで増えていった見学者にDMを送り、直売の比率を増やした。テレビ番組にも紹介され、売上は少しずつ伸びていった。

「大変で死ぬかと思いましたけどね。売上が伸びて、空いた桶に醤油を仕込む。すると在庫が増えるわけです。税金を払わなあかんけど金がない、みたいな状況が長く続きました」

――それでも木桶で長い熟成感をかけてつくるという製法は守ったわけですよね。木桶じゃないとやはりこの味は出ないんですか?

「というよりも木桶でつくったほうがおいしいんです。これは科学的根拠がある話ではない。結局、醤油の旨味成分は全窒素量で計ることができます。けれども、タンクと木桶ではそれほど変わらないですよ。ただ、味を比べると明らかに違います」

――原価もかかっていると思いますが。

「かかってます。単純にざっと計算すると大手さんよりも原材料原価が7~8倍。熟成期間は16倍違います。大手さんは今、小さなパックで200ml250円くらいで売ってますけど、鶴醤は500ml1000円なので、倍しないくらいの価格。儲からないでしょ。うちは手間をかけた高級醤油の安売りメーカーなんですよ(笑)」

天井や桶に付着した浮遊菌が醤油の味をつくる

 康夫氏は冗談っぽく言うが、目は笑ってなかった。鶴醤の旨味(と菊醤の香りの良さ)は群を抜いている。その味をつくっているのは百年以上前に建てられ、国の登録有形文化財に指定された蔵の土壁や木桶に棲む無数の菌だ。桶の木肌に付着した菌、微生物の相互関係や生成する物質などが複雑に絡み合って醤油の味を作り出す。その肝となる木桶に危機が迫っていることを知ったのは2009年のことだ。

大型木桶は2020年になくなる
自ら桶屋に弟子入りを決断

「売上が徐々に伸びてきて、桶が足りなくなってきましまた。清酒や味噌、醤油などを製造するための30石(約5400リットル)の桶を製造できる工場は大阪の堺に一社しかないんです。このままだったら桶がなくなる、と思って2009年に借金して新桶を9本頼んだんです。そしたら言われたのが『醤油屋さんから新桶の注文が来たのは戦後初や』と」