これらの対策によって、土地保有にかかるコストが一気に上昇。土地の資産としての魅力が大きく削がれることになった。薬が効きすぎて、土地投機に突っ込みすぎた不動産関連企業ばかりでなく、不良債権を抱えた金融機関や一般事業会社の大型倒産が相次ぎ、日本全体が歴史的な不況に見舞われたことはご承知の通りである。

証券会社が震え上がった
大蔵省局長名の1枚の通達

 株価はどうか。当時、証券会社が顧客である企業や金融機関から資金の運用を一任された取引(営業特金と呼ばれた)で、利益を約束した(というか、損失が出た場合は証券会社が補填する約束)が横行していた。これが異常な出来高を生み、市場が過熱する原因になっていた。この営業特金が株価対策の標的にされた。

 官庁が御用納めとなる12月26日に、事後的な損失の補填を禁ずる内容の大蔵省証券局長通達(局長名から角谷通達と呼ばれる)が出された。通達は法律ではないが、規制下にある金融業界にあっては、絶対的な命令に等しい。国会を通す必要がないので、機動的に行政指導ができるメリットもある。

 とくに大手4社(野村、山一、日興、大和)は、売買手数料ほしさに(なにしろ証券会社が自ら売買の指示ができ、その手数料が収入源となるのが営業特金。たとえは悪いが、泥棒にカギを渡したようなものだ)巨額の営業特金(と損失補填の約束)を抱えていたから、影響は甚大だった。ちなみに損失補填の禁止は92年には法制化され刑事罰も規定された。

 大手、準大手はこぞってこの損失補填に手を染めており、国会で各社の社長が追及を受けた。特に準大手は経営危機から廃業や救済合併が相次ぐなど、証券スキャンダルはバブル崩壊を象徴する言葉となった。

 後に業界団体がまとめた損失補填の件数は787件で総額は2164億円。そのうち4大証券が8割を占め、もっとも多かったのは、97年、簿外損失処理問題で自主廃業した山一證券である。名門・山一證券は、通達という紙一枚で吹っ飛んだのだ。

 日本銀行は金融の引き締めに動いた。12月17日、第26代日本銀行総裁に就任した三重野康は、自民党の強硬な反対にもめげることなく、25日に公定歩合を3.75%から4.25%に引き上げた。

 公定歩合とは、中央銀行が市中銀行に融資する際の金利。89年当時は銀行の金利は公定歩合と連動するよう規制されていたので、公定歩合の変更は実質的に市中金利の変更を意味した。しかし、規制緩和によって公定歩合では市中金利のコントロールができなくなり、金融調節の意味を失った。

 いまとなっては公定歩合という言葉を聞くこともないのは、2006年から「基準割引率および基準貸付利率」と呼称が変わっているからであり、日銀の金融調節が短期市場にその場を移したからだ。