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重ねる技術:
「よそ者視点」で考える

 同じ業界や会社に長くいると、付き合う人間も近しい人ばかりになり、企業の論理が強く働いてしまいます。外から見ると、「えっ」と思うことも、社内にいると当たり前になってしまうことも。この「よそ者視点」の欠如が、商品・サービスを提供するときにズレを生む原因となります。

 そうはいっても、毎日同じ環境にいると、考えが凝り固まってしまい、自分が主観的になりすぎていることもわからなくなってしまうものです。

 そこで重要になるのが、「よそ者視点」で考える技術です。優れたマーケターは自分の頭のなかに複数の別人格を住まわせていて、「その人だったらどう言うかなあ」とシミュレーションすることがあります。

 いちばん簡単なのは、頭のなかに母親を住まわせること。ITにもそんなに強くないし、難しいことを言ってもわからない母親に理解してもらえるかという視点です。

 私も、以前消費財メーカーでシャンプーの商品開発をしていたときは、「母親がドラッグストアですぐに理解できるコンセプトなのか」を確認するために、定期的にこの問いを投げかけるようにしていました。

 スマホのアプリを起動するかのように、別人格を起動して、「よそ者視点」で捉える練習をすれば、同じ会社に長く勤めていても客観性を保つことができるのです。

企業の強み・思い:
近隣住民だけではなく、新たな顧客に利用してもらいたい

 2006年には利用者が年間50万人と1988年の45%まで落ち込み、毎年1億円以上の赤字を垂れ流す状態になっていた、いすみ鉄道。

 人口減少が加速する地方で、近隣住民だけのためにローカル線を運営していても赤字から脱却できないという現実がありました。そのため、近隣住民だけではなく、新たな顧客に利用してもらう必要がありました。しかし、整備された観光資源があるわけではなく、あるとすればあたり一面に広がる田園風景くらいでした。そのため目の肥えた団塊の世代を満足させるのはハードルが高いと判断したのです。そこで狙いをつけたのは、丁寧な暮らしに憧れ、小さな幸せを見出せる30代の女性客です。

生活者の本音:
せっかく旅行に来たのに、かえって混んでてうんざり……

「仕事に疲れたから、ゆっくりしたいなあ」「癒やされたいなあ」と思ったときに行きたいのは、観光客向けに開拓された観光地ではなく、本当に何もしなくていい場所という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 しかし、そんな場所はなかなか都心には残されていません。都心から行ける観光地といえば軽井沢、箱根など有名なところを思い浮かべますが、ハイシーズンにもなると渋滞に巻き込まれたり、飲食店に入るために行列に並ぶ必要があります。

 都心に住む人間にとって本当の癒やしが欲しくても、休日にゆっくりしたいと思ったときに思い浮かぶ選択肢は案外少なかったのです。

重なりの発見:
何もしない、何もないことが贅沢だった

 いすみ鉄道は、この「よそ者視点」で自社を見直しました。その結果、宣伝すべきものを無理やり見つけたりつくり出したりしなくても、「何もない」ことを認め、それを売り物にしたのです。ただ電車が田園風景のなかを走ることに価値があると気づいたのです。

 そこで、車両を改造し、車内レストランをつくり、週末には田園風景を楽しみながら食事ができるコースを提供。売り出すとすぐに完売するほどの人気ぶりです。

「都会の疲れを癒やすために田舎に行きたい」という30代の女性の本音と、「何もない」けど、田園風景をただただ楽しめて、日帰りで行ける「都会に近い田舎」という独自のポジションをとったのです。

 私たちはついつい「無い物ねだり」をしてしまいます。そして、無い物にコンプレックスを感じて弱みを補強しようとします。しかし、弱みを補強したところで及第点が関の山です。だったら、いっそのこと無いことを認め、今ある物を活かそうという考え方が必要です。

 徳島県上勝町の「葉っぱビジネス」をご存じでしょうか。かつて過疎化と特産物であった木材とみかんの出荷の伸び悩みで苦しんでいた町が始めた、「つまもの」と呼ばれる日本料理を彩る花や葉っぱを農協に出荷するビジネスです。今では約2億6000万円もの売上を生み出すビジネスに成長しています。無い物ねだりをせずに目の前にあった「葉っぱ」にポテンシャルを発見できるような力を磨いていきましょう。


参考文献
・「近年廃止された鉄軌道路線」、国土交通省 
・「『鉄ちゃん』社長、赤字ローカル線『いすみ鉄道』を再生」、プレジデントオンライン、2015年7月6日配信

・「葉っぱが町を救う! 2億6000万円を生み出す葉っぱビジネスとは?」、SUUMOジャーナル、2013年12月18日配信
・『ローカル線で地域を元気にする方法:いすみ鉄道公募社長の昭和流ビジネス論』(鳥塚亮 著、晶文社)
・「『葉っぱビジネス』の仕掛け人が語る、高齢者活用の重要性」、事業構想、2015年10月号