核戦争、人口爆発、異常気象、AIの爆発的進化、テロリズムの跋扈……人類の未来を待っているのは繁栄か、滅亡か。スティーブン・ピンカー(『暴力の人類史』)、マルコム・グラッドウェル(『ティッピング・ポイント』)、マット・リドレー(『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史』)ら知の巨人たちが21世紀の未来の姿を描き出します。11/25刊行の新刊『人類は絶滅を逃れられるのか――知の最前線が解き明かす「明日の世界」』からそのエッセンスを紹介します。第1回はスティーブン・ピンカーが人類の進歩の歴史について語ります。

人類の進歩はどこまで続くのか

――科学的進歩の一方で、人類は新たなリスク(シンギュラリティ、気候変動、核戦争……)に直面しているようにも思います。われわれ人類の未来は明るいのでしょうか。

スティーブン・ピンカー 人類の未来が明るいかどうかは、個人的な意見や信条や雰囲気ではなく、事実に即して判断されるべきです。データを見れば、私たちの暮らしを測る指標はすべて上向いていることがわかります。寿命は伸び、病気にかかることは減り、より金持ちになり、民主主義国に住む人の割合は高まった。(戦争のない)平和な場所で暮らしている人が増えて、人々はより賢く、教育水準も高まった。それもカナダのような幸運な場所だけでなく、世界じゅうがそうなっています。これはデータが示す事実です。

このような状況を生み出したプロセスは、ほぼ間違いなく、これからも続くでしょう。そのプロセスは、イノベーションと新しいテクノロジー、そしてアイデアからなり、株式市場のような乱高下に見舞われることはありません。つまりある日突然、麻酔なしで手術を受けなければいけなくなったり、子どもの教育水準が親よりも低くなったりする可能性は低いのです。こうした要素は積み重ね的に物事の方向性を決める力があるため、ある日突然消えてなくなることは考え難いのです。

――相互接続性は脆弱性だと思いますか。現代のテクノロジーや社会、経済の複雑性は、あなたが言う進歩のメカニズムのアキレス腱になるのでしょうか。金融危機は相互接続性によって引き起こされたものだと思います。

ピンカー世界金融危機は、世界経済の成長を1年ストップさせたにすぎません。その後、国内総生産(GDP)は拡大し続けています。そもそもアジアとアフリカでは、金融危機はほとんど感じられませんでした。進歩といっても、毎日コンスタントに同じペースで物事がよくなるわけではないのです。水曜日は火曜日よりも、火曜日は月曜日よりもいい、ということではない。

弧を描くノコギリの刃のように、よく見るとそのラインにはギザギザがある。つまり一直線に上向くのではなく、一時的に後退するときもあるのです。私たちを常に高め続ける魔法の法則など存在しません。ただ、平均して見たとき、局所的な後退はあっても、長期的な上昇軌道は間違いないでしょう。

――人類は今後も進歩するという考えに懐疑的な人たちは、あなたの言っていることは歴史の一部を切り取っているにすぎないと言うかもしれません。たしかに産業革命から現代までを見ると、ずっと進歩してきたように見えますが、たとえば中世ヨーロッパの暗黒時代、つまりローマ帝国の終焉からルネッサンスまでの1000年は、暴力、寿命、病死率という点で進歩の時代とは言えないというのです。これについてはどのように考えますか。

ピンカー科学技術革命と啓蒙思想の登場以後、大きな変化がありました。イノベーションが本当に始まったのは、あるいは少なくとも加速したのはこの時期で、人類が科学的な手法を手に入れたのもこのときです。ローマ帝国の終焉時にはなかったものです。

これが私たちを無限の技術革新の軌道に乗せました。だから本当の分水嶺は、科学革命と啓蒙思想が登場してからの200年間と言えるでしょう。技術革命前のテクノロジーに基づかない文明と現代の世界とは比較できないと思います。

――大変興味深いです。では、最後に気候変動について聞かせてください。いまや誰もが気になっていることですから。あなたの主張に、気候変動はどのように組み込まれているのでしょうか。人類はこのグローバルな脅威に適応して、なんとか前進する方法を見つけられるとお考えですか。それとも気候変動は、多くの人が熱心に言うような人類の存続に関わる問題ではないと思いますか。

ピンカー 何もしなければ人類の存続に関わる問題になると思います。しかし人類が気候変動に対して何の対策も講じないとは考えにくい。すでに経済学者たちは解決策を示してきました。二酸化炭素に値段を付けるべきだと。そうすれば低炭素エネルギーの開発、貯蔵、切り替えに拍車がかかり、炭素貯留、バッテリー、新世代の原子力など画期的な技術の研究開発も進むはずです。

もちろんそれらすべてを合わせても、気候変動はまだ大き問題でしょう。これまで人類が直面してきたなかで最大のチャレンジかもしれない。けれども解決できない問題ではないし、世界がこの問題を無視して自滅する道を選ぶとは思えません。