──人生を120点にするために、パラレルキャリアが最適だったと。

しょうのう・まゆ
ハピキラFACTORY代表取締役 。ソニー勤務。「地方×女の子」ビジネスの第一人者として、地方にある魅力的な商材をかわいらしくプロデュースし、東京や海外で発信する。2010年に慶應義塾大学総合政策学部に入学。2012年には「小布施若者会議」を創設。現・副代表の山本氏を誘い、2013年(株)ハピキラFACTORYを創業。大学卒業後、ハピキラFACTORYでの活動を続けながら、新卒で広告会社に就職し、2016年10月にソニー(株)に転職。同年11月より経済産業省が設置した「兼業・副業を通じた創業・新規事業創出に関する研究会」の委員に選出される。
Photo by K.F.

 はい、やりたいことがたくさんあるから仕事だけに時間は割けない、でも自由になるためのお金はほしい。私って、ハンバーガーでアボカドとかチーズをトッピングしたいタイプなんです(笑)。だからある程度のお金は必要だけど、人よりも「仕事」に時間はかけられない。そんな生き方を実現するなら、自分の1時間あたりの価値を高めていくことが重要だと思いました。

 ナンバーワン、ファーストワン、オンリーワンと戦略を考えたときに、先駆者になるのは他の人に任せたほうが良さそうだし、何か一つを突き詰めることはあまり得意ではないから、じゃあオンリーワンだなって。

 ただ「女子大生起業家」という肩書きだけではオンリーワンになれないので、誰もが知る有名企業の一員でありながら社長業もこなせば、自分の稀少性が上がるだろうと考えました。

 ハピキラの事業だけに専念するのは、私の“生存戦略上”不向きだったんです。広告会社に入社し、またそこからソニーに転職したのは、自分の1時間あたりの価値を最大化させるための戦略でした。

「オンリーワン戦略」と
「いつの間にかヒーロー」

──なるほど。そもそも「ハピキラFACTORY」を立ち上げた経緯はなんだったのでしょう?

 私は国立の小学校に通っていて中高とエスカレーターで進学して、大学もAO入試で慶應義塾大学。自由で素敵な小学校だったのですが、いわゆる「エリート校」だったので、終業式では「君たちが世界を変えるエリートになるんだ」って言われていました(笑)。そのせいもあってか、大学に入った頃までは、いい会社に入って、いい旦那さんと結婚して、いい場所に住んで、いい車に乗って……っていうのが「幸せ」だと思っていたんです。

 でも、大学1年生の時に長野県小布施町に行ったのがきっかけで、価値観が変わりました。小布施って何にもないんですよ(笑)。おしゃれなカフェもないし、クラブもないし、コンビニすらない。でも、そこ住んでいる方々は、物質的な豊かさはないけどすごく幸せそうに見えたんです。そのとき豊かさの定義が自分のなかで揺らいで、本当の豊かさって物質的なものじゃなくて精神的なものなのかなって感じました。