日本に留学して学んだ最も重要なことは、「人としての道理」だという。日本人は何をするときも、まずは人に迷惑をかけないことを心がける。その結果、マナーがよく、調和のとれた社会になっているというのだ。

 中国は多くの分野で日本人におよばない――まずはそのことを認めなければならないと張は考えている。日本では何をするにも人にやさしい設計でできており、しかも常に改善されている。

 張は現在、中国文化を日本ではじめから学び直している。なぜなら日本で美徳とされていることは、中国の伝統思想と一致しているように思えるからだ。中国人は自国の伝統文化を捨て去ってしまったが、日本人は中国の伝統思想を現実と結びつけて学び、実際に運用しているというのが張の見解である。

◇日本への留学から伝統回帰へ

 雀 愛玲(ツォイ・アイリン)は、かつて研究者として日本で成功を収めた人物だ。多くの中国留学生と同様に彼女も苦学生だったが、大学院卒業後は44本の論文を書き上げ、15件もの国際特許を取得。国際学会でも受賞経験がある。

 だがある日、胃がんになってしまったことが雀の運命を狂わせた。幸いなことに、がんの切除には成功したものの、手術の影響で二度と実験室に入れなくなってしまい、帰国を余儀なくされてしまう。中国に戻った雀はその後、日本企業で働きはじめるものの、民族間や上下関係の軋轢など、さまざまな苦悩に襲われ、心身ともに調子をくずしてしまう結果となった。

 体だけでなく、心の病を治すためにはどうすればよいのか悩んだ雀は、現在の夫の薦めにより、日本の文化と民族のルーツを探す研究を2000年から始めた。そして、渋沢 栄一や安岡 正篤たちのような著名人たちが、『論語』を実践していることを知った。日本の企業文化を支えているのが中国の伝統文化・思想であることを知った雀は、ひどく感動したという。

 日本は、中国から伝わった仏教、儒教、道教といったそれぞれ教えのよいところを吸収し、それを自分たちのものにした。だから「和」と呼ばれるのだ。現在の中国では、『論語』はもう知られていないのに、日本では家庭でさえも『論語』を学んでいる。このようにして、日本人は中国の伝統思想を学び、仕事や生活の中で運用しているというのが雀の考えだ。雀はその後、日本のすぐれたものを中国へ持ち帰って紹介したいという思いから、中国に教育機関を設立した。そして、日本の思想・文化を通して、もっと多くの中国人に自分のルーツを探してもらうことを自分の使命とし、日々奮闘している。

◆日中の架け橋になる
◇日本人と結婚し、両国をつないできた男

 現在、中国人民政協全国委員会委員を務める潘 慶林(パン・チンリン)は、かつて皿洗いや新聞配達などのアルバイトをしながら日本語学校に通っていた。やがてその学校の校長と恋仲になり結婚したものの、天安門事件で全世界が中国に制裁を加えている最中、中国の状況を見るためにあえての帰国を決意する。

 その時から、潘は両国関係をつなぐ活動をするようになった。すべて自費で、数え切れないほど中日間を往復し、多くの国の財界・政界のリーダーと面会をしてきた。日本の安倍首相とも家族の関係で知り合いになり、安倍首相が書いた手紙を彼が取りついで胡錦濤主席に届けたこともある。

 中日関係に関する彼の提案は、軋轢が生じてもすぐに戦争を持ち出さないことだ。中国は日本を見くびることなく経済大国であること、多くの最先端技術を掌握していることを認め、心してつきあうほかないという潘の意見には、中日関係が良好になれば、中国は子々孫々まで利益を受けることができるという思いがあるのだろう。