そして何より問題なのは、前述の通り、そもそもグローバリゼーションの世界的な大競争に生き残るために、企業は労働コストを下げる必要があり、非正規労働者を増やしてきたのだ。非正規労働者の待遇を、正規動労者に合わせるのでは、人件費が増大し、企業は経営が成り立たなくなる。それを「懐古趣味的ナショナリズム」で国民を煽り、首相の圧力で無理やり企業にやらせようというのであれば、安倍首相は「髪型がまだマシなトランプ」(英国のボリス・ジョンソン外相のこと)ならぬ、「体形がまだマシなトランプ」と言われても仕方のない、ポピュリズム的政策ではないだろうか。

「同一労働同一賃金」は欧米型の
明確な契約関係を結ぶ制度で実現すべき

 そもそも、「働き方改革」とは、解雇規定を緩和して、労働力の流動性を高めることだったはずだ。現代の技術革新が急激なスピードで進む時代には、年功序列・終身雇用の社員によって企業内に蓄積された技術・知識では対応できない。外部からプロジェクトの責任者を招聘し、専門的な知識を持つ中途採用を集められるようにしなければ、企業は生き残っていけない。要するに、年功序列・終身雇用の「日本型雇用システム」からの脱却こそが、働き方改革の核心だったはずなのだ。

 この連載では「終身雇用」「年功序列」が、世界的に見ると極めて珍しい制度だということを指摘してきた(第97回・p4)。欧米のみならず、中国や東南アジアでも、大学卒の一括採用というシステムはない。学生は、大学在学中に就職活動をせずに勉学に集中し、卒業してから、インターンシップを皮切りにキャリア形成を始める。インターンで評価されれば就職できるが、最初から正社員の待遇はなかなか得られない。つまり、日本でいう「非正規労働者」としてキャリアをスタートさせる。若者は30歳くらいまでは転職を繰り返して、自分の適職を探していくのが通常である。

 また、企業・行政機関で役職者のポジションに空席が生じた時、組織外にオープンに人材を募る「公募」が行われる。平社員として契約している者が役職者になりたければ、「公募」に応募して、外部からの多数の応募者と競争しなければならない。もちろん、社内の人間が昇格することはあるのだが、それは社外からの応募者と能力を比較して、役職者にふさわしいと社外に明確に説明できる場合である。

 日本でも働き方改革は、欧米やアジア諸国の企業・官僚組織のように、雇用者・労働者間で、明確な報酬・労働条件を合意した契約関係が結ばれることが、目指されるべきではないだろうか。日本型雇用システムの下では、雇用者・労働者間の契約は曖昧だ。もちろん日本にも雇用契約はあるのだが、筆者は内定式か入社式で、雇用契約書を配られ、その場で即、印鑑を押させられたのを覚えている。内容はほとんど確認しないで印鑑を押したし、契約書の修正など申し出る余地はなかった。新卒一括採用の場合、現在でもそれはほとんど変わらない。

 そのような曖昧な雇用者・労働者の契約関係だから、電通の新入社員の自殺事件のような、まるで奴隷のような労働を強いる「ブラック企業」の問題が出てくるのだ。日本型雇用慣行というのは、労働者を守ってくれるものとはいえない。終身雇用の慣行を廃し、契約関係を明快にする新しい制度を導入すれば、ブラック企業は減る。また、派遣労働者が奴隷のような扱いを受けることも減るかもしれないのだ。「同一労働同一賃金」は、派遣労働者を正社員扱いしろという、企業経営の難しさを無視した乱暴な話ではなく、正社員・派遣労働者の区別を撤廃し、全ての雇用が明確な契約関係によって成立する制度を導入することで実現すべきなのである。

日本にとって懐古趣味的
ナショナリズムは命取りとなる

 繰り返すが、安倍首相の「同一労働同一賃金」は、高度成長期の「誰もが正社員」だった時代の夢をもう一度見せることで、国民の支持率を上げようという懐古主義的な政策だ。それは、トランプ氏や、習近平主席やプーチン大統領が「強い国家の復活」という懐古趣味的ナショナリズムを掲げるのと同じ世界的潮流である。

 しかし、この連載で論じてきたように、世界は「ブロック経済化」に向かっている。米国、中国、ロシア、英国は、自前の「生存圏」を確保できる。これらの国々は、内向きになり、懐古趣味的なムードなっても、生きていくことはできる。

 しかし残念ながら、日本が内向きになり、「日本型雇用システムはやはり素晴らしい」などと懐古趣味的になったら、自滅への道だということを自覚すべきだ(第145回)。自前の資源も経済圏も持たない日本は、「ブロック経済」の間で極東の一小国に成り下がってしまうからである。日本はグローバル経済の相互依存の中で、世界標準のシステムに合わせて生きていくしかないことを自覚すべきだ。日本にとって、懐古趣味的ナショナリズムは、命取りであることを忘れてはならない。

(立命館大学政策科学部教授、立命館大学地域情報研究所所長 上久保誠人)