為替の議論に「政治動向」を持ち出す愚
米大統領選前の9月の段階で、米国のFRBが2016年内に利上げを再開する可能性はかなり高まっていた。ここで言う利上げとは、米国の政策金利であるフェデラル・ファンド金利(FF金利)の引き上げのことであり、インフレ率を将来的に低下させる金融引き締め策である。
米国にはマネーの量を減らす(というよりも実際には、マネーを増やすスピードを抑える)動きがあったため、「ドル高が進むだろう」という思惑が、すでにマーケット参加者たちのあいだには広がっていたのである。
さらに言えば、トランプ氏は選挙戦において、所得税・法人税の減税プランを打ち出していた。今回は詳述はしないが、減税政策は経済成長率とインフレ率を押し上げる要因になるため、FRBが利上げに踏み切る可能性はますます高まる。だとすれば、トランプ氏当選と同時に、市場内でのドル高期待が加速するのは当然だったはずだ。
以上を踏まえれば、「トランプ氏が大統領になれば、リスクオフによって安全通貨である円が買われる」という例の議論がポイントを外していたのは自明だ。そもそも、一国の政治動向が、為替レートの大きな方向性に影響することはほとんどない。
重要なのは中央銀行の金融政策である。とくに、中央銀行が政府から独立して金融政策を運営している先進諸国においては、この基本原則はかなりあてはまる。これさえ押さえておけば、「トランプ大統領で円高」などという珍説には惑わされようがないのである。
とはいえ、こうした基本原則から外れた議論は、日本のメディアには決して少なくない。なかには、端的に「トンデモ解説」と呼ばざるを得ないようなものも散見される。しかも、アナリストもメディアも、そうした情報を流したことに責任は負おうとはしない。
彼らに影響されて損をするのは、みなさん自身である。2016年秋に始まったトランプ相場は、その格好のケーススタディになったと言えるだろう。しかも、「私は株にも外貨にも投資しないから大丈夫」と思っている人も安心できないし、じつは大きな害を被っている。これについてもまた後日の連載で明らかにしていくことにしよう。
[通説]「リスクオフで米ドル離れ。安全通貨・円に買いが殺到」
【真相】否。マネーの価値は「量」で決まる。基本踏まえぬ珍説。
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。