アナリストが重視するのは、
予測レポートの「質」より「量」

端的に言ってしまえば、日本のアナリストたちが繰り返し「当たらない予測」をし続けるのは、彼らが会社から「投資リターンを高めること」をそもそも期待されていないからである。

これは多少言い過ぎの面があるかもしれないし、なかには顧客の利益になる情報を真剣に伝えようと努力している人ももちろんいるだろう。しかし、アナリストがどれだけ多数のレポートを出し、どれだけ頻繁にメディアに露出していようとも、その人の予測精度の高さとはまったく相関がない(あるいは逆相関している)のが実情だ。

私自身もかつては国内外の証券会社やシンクタンクで勤務し、エコノミストやアナリストの仕事を務めてきた。エコノミストやアナリストの主な仕事は、マクロ経済や当局の政策動向を予測・分析し、投資家のための「レポート」にまとめることである。当然ながら、株価・金利・為替など金融市場の具体的見通しにまで踏み込むことになるので、時間が経てば予測が当たったかどうかははっきりと答えが出る。

しかし、金融機関やシンクタンクに勤めるサラリーマン・アナリストたちは、予測の精度を高めることにはさほどモチベーションを感じづらい。むしろ、社内的な評価を考えれば、重要なのは、レポートの本数を増やして顧客満足度を高めることである。

いまだから言うが、私自身もアナリストとして駆け出しの頃には、レポートの品質を高めることよりも、まずレポートの数を増やすことに注力せざるを得なかった時期があった。証券会社のアナリストにとって、予測の精度が人事評価にとって大きなウエイトを占めることは少ないし、そもそも予測が正確だったかどうかを検証する仕組みも整っていないのだ。したがって、サラリーマンとして一定の評価を得ようとするのなら、やはり目に見える形でレポートを(質は低くても)大量にアウトプットするのが最も合理的なのである。