第2に、民間事業者が任意の調査を行い、問題がある場合に監督官に取り次ぐとした場合、その間に証拠帳簿等が隠されたり、迅速な労働者保護が行えないという批判がある。

 しかし、民間事業者は、現に監督官が行っている臨検業務を代替するのではなく、人手不足で放置されている大部分の事業所を任意調査で識別する補完的な役割に過ぎない。十分な数の監督官がいることを前提に、民間人との優劣を論じても意味はない。監督官の臨検をより悪質な企業に集中できることが、なぜ労働者の安全確保に有用といえないのだろうか。

 第3に、現状でも監督官による立ち入り検査は、抜き打ちだけではなく事前に予告して行く場合もある。これは限られた時間内で、責任者が不在だったり書類が用意されていなければ検査自体が困難なためである。社会保険労務士の広告にも、監督官の臨検時に立ち会うために、あらかじめコンサル契約を締結することがうたわれている。

薬害被害のケースと同様な
「行政の不作為」の典型例

 日本は先進国ではあるが、多くの労働基準法違反が生じており、過労死等の社会的問題が拡大している。それにもかかわらず、監督官の人員不足を理由に、長らく違反行為が放置されてきた。これは同じ厚生労働省の薬害被害の場合と同様な「行政の不作為」の典型例といえる。

 現在進められている働き方改革実現会議でも、その大きな柱のひとつとして、残業時間の上限を設定し、それを罰則付きの法律で担保する案が審議されている。しかし、いくら罰則を定めても、それに違反した企業を取り締まる労働基準監督官の極端な不足を放置したままでは、およそ実効性を欠くといえる。

 前述したように、公務員の不足に悩む警察庁や法務省等でも、すでに10年前から、駐車違反の取り締まりや刑務所行政の分野で民間事業者の活用を図っている。いずれも当初は規制改革会議等の提言などに消極的だったが、最後は省庁自らが主導権をもって知恵を出し、民間事業者活用のために必要な制度改正を実現させた。

 厚労省も、安倍首相が全力をあげて取り組んでいる働き方改革の実現に不可欠なインフラとしての、労働基準監督行政の実効性を強化するべきであろう。このために、従来の公務員主体の取り締まり強化に加えて、民間事業者の積極的な活用を図るための制度改革に取り組む時期に来ているといえよう。

(昭和女子大学グローバルビジネス学部長・現代ビジネス研究所長 八代尚宏)