本人は言葉では表せないほどの辛さだったにちがいないが、観る側にとってはこれ以上ないドラマチックなシーンとなった。大相撲春場所千秋楽で見られた横綱稀勢の里の逆転優勝である。

 13日目の負傷から千秋楽の大関照ノ富士戦までの経緯はメディアで大々的に取り上げられたので詳細は省くが、稀勢の里の精神力の強さはすごいとしか言いようがない。報道によれば、13日目に負ったけがは上腕二頭筋の損傷で全治3ヵ月の重傷だったといわれる。

 その痛みは優勝後、約30キロある天皇賜杯や約40キロの内閣総理大臣杯を受け取る時、左腕はそえる程度で、それでも苦悶の表情を浮かべたことでもうかがえた。この状態では照ノ富士戦の時も左腕は使いものにならなかっただろう。使えるのは右腕と下半身だけ。それで腰の重い照ノ富士に連勝してしまうのだから、頭が下がる。

 この新横綱の気持ちが伝わる戦いによって、日頃はあまり観ない人も相撲の魅力を感じたのではないだろうか。やはり日本出身の横綱がいて強さを発揮すると土俵は盛り上がるのだ。

 もちろん日本出身横綱不在時、大相撲を支えた朝青龍や白鵬、日馬富士、鶴竜らのモンゴル勢をはじめとする外国人力士の功績は大きいし、見せる相撲も魅力がある。だが、ファンだけでなく一般の人たちの目を大相撲に向けさせるには、日本出身力士の活躍が不可欠なのだ。

稀勢の里の弟弟子、高安の
激しい「突き押し」に注目

 その主役が稀勢の里だが、苦労を重ね厚い壁を突破して日本出身力士としては19年ぶりの横綱になったことがひとつのきっかけとなり、大相撲に新たな風が吹き始めた気配がある。取り口に魅力がある活きのいい力士が続々と台頭してきているのだ。