うつは燃え尽き型から適応障害型へ
「未熟なヤツ」と切り捨ててよいのか
私は大学における教育研究活動の成果の社会還元として、いくつかの公的機関や民間企業で精神科の産業医を務めている。その中で、近年、私たちが取り扱っているメンタルヘルス問題の質が変化をしてきているように感じる。臨床医学的な表現をすればうつ病の軽症化と遷延化という一見矛盾した病理の増加であり、社会医学的には従来の過重労働を背景とする燃え尽き型のうつ病から、個人のストレス脆弱性を背景とした適応障害型のうつ病へのシフトである。
具体的には自分の好きな仕事や趣味的なことには熱心に取り組むことができるのに、本来、社会人として成すべき務めを要求されると回避的に抑うつ状態に陥ってしまうといった状況であり、一見、周囲にはサボリや怠けのように映ってしまう。正業不安という表現が最も適切なのであろうが、高い自尊心、強い自己愛ゆえに、本来成すべき務めで失敗して自分の評価に傷がつくことを恐れ、回避的になってしまうのである。
彼らを未熟でダメなヤツと切って捨ててしまう職場も少なくないが、私は彼らを会社にとって貴重な人材に育て上げることが可能であると考えている。それには単に投薬や自宅療養といった従来型のうつ病に対する支援だけではなく、本来であれば学生時代にさまざまな失敗や理不尽な出来事を通して獲得すべき情緒的共感性を養うといった、人材育成の視点が必須といえる。日本が経済的に豊かになり、個々の自立の先送りが許される未成熟社会においては、これまで学校や家庭が担ってきた人格的成長支援を企業が担う必要がでてきたのではないかと考えている。
もちろん、民間企業は営利事業であり、公的機関は国民全体の奉仕者であるため、成長支援においても一定の限界が存在することは言うまでもないが、企業もせっかくお金と時間をかけて、どこかにキラリと光るダイヤモンドの原石が隠れているはずと思い採用した人材なのだから、きちんとした成長支援を行なったうえで、その後の処遇を判断してもよいのではないかと思う。
そこで、今回は特別編として、3回にわたり、私が最近経験した事例を取り上げながら、どのように企業が成長支援を行えばよいのかについて産業精神医学的な見地から概説してみたいと思う。