民営化し株式を売り出した時、赤字転落を誰が予想しただろう。豪州の物流会社トールの買収に失敗し、4003億円を減損処理した日本郵政。「損失は一括処理で解消された」と長門貢社長は言う。本当だろうか。

 日本最大の金融機関・ゆうちょ銀行を抱え全国2万4000の郵便局を擁する巨大組織は、今もって確かな未来を描けないままだ。「全国一律の郵便事業」というユニバーサルサービスを担いながら、市場競争に晒される。二兎を追う苦し紛れが「M&A依存」を招いた。競争原理と縁遠いお役所企業が、異業種を買収して経営するのは至難の業である。

貯金で儲けて郵便を支える
明治以来の郵政の姿

 日本郵政グループの稼ぎ頭は、今も昔も「郵貯」である。世界8位、日本では3メガバンクを尻目に207兆円の資金を抱える巨大銀行だ。潤沢な資金が生む利ザヤによって、郵便事業という公共インフラを担ってきた。それが明治以来の姿だった。

 その構造をもう少し詳しく説明しよう。

 統一国家を実現した明治政府は情報インフラの整備に向けて郵便事業を始め、津々浦々に郵便局を設けた。同時に庶民の零細預金を集め国家事業に振り向ける貯金を奨励する。富国強兵を支え、戦後は高度成長の中で郵貯は国家の財源となり「第二の予算・財政投融資」の原資となった。資金は大蔵省(現財務省)が一括管理し、鉄道・港湾など産業基盤の整備に投じられた。庶民の貯蓄は日本列島に循環する成長資金となった。

 政府は郵貯を優遇した。民間の金融機関では扱えない有利な貯蓄商品や税金への配慮がなされ、郵貯は庶民に支持されたが、やがて銀行から目の敵にされる。高度成長が終わると、郵貯を振り向けた先に「不良債権」が発生した。穴埋めに税金が投入される。

 庶民の貯蓄を自分のカネのように使う傲慢な官僚への批判も重なり、「郵貯を市場原理に」との声が高まり、郵政民営化が叫ばれるようになる。石油ショックを経て成長の鈍化が目立った1980年代からである。