「劣等感」がビジネスを歪ませる
素直な目を養うためにも、人生経験というものが必要です。
私は、長い時間をかけて、世界中の人々とビジネスをして、世界中を旅してきました。その結果、「外国人だから」「大金持ちだから」「大企業の社長だから」といった「色眼鏡」はほとんどないと思えるようになりました。
たとえば、日本人には、欧米人は総じて知的水準が高いと思っているふしがあると、私は思います。歴史的に最もはやく科学技術が発展し、産業革命を起こしたのは欧米です。黒船以来、日本人はその欧米にキャッチアップするために必死で頑張ってきた。だから、知的な「引け目」があるのは当然なのかもしれません。これは、日本人のみならずアジア人にはみな共通した傾向だと思います。
しかし、私自身は、決してそんなことはないと確信しています。たしかに、欧米人のなかには、きわだって頭のいい人がいると思いますが、一般的な人々の知的水準は、日本人ともほかのアジア人ともまったく変わらない。むしろ、数字に関しては、欧米人はあまり強くないと感じています。たとえば、欧米に旅行に行って買い物をすると、こちらはささっと暗算をしますが、彼らは必死になって電卓を叩きます。ときには、電卓を叩き間違えるのだから困る。これは、ビジネスにおける商談でもしばしば遭遇するシーンです。
ところが、私の部下たちは違います。
特に若い社員には往々にして欧米人に対する劣等感があります。それは克服させなければならない。彼ら自身がどこでも胸を張って生きてほしいですし、そうでなければ欧米人とのビジネスをフェアに進めることができません。これは、経営者である私にとっては、非常に重要なテーマなのです。
かつて、「このままではいけない」と感じたことがありました。ミャンマーで会社を設立するときに、私の部下たちが欧米のビジネスマンたちに気おくれしているように感じられたのです。このままでは、ビジネスそのものが歪んでしまう。そう思って、あるパーティの最中に一計を案じたことがあります。
そのパーティは、各国のビジネスマンの懇親(こんしん)を図るために催したものです。私がホストになり、4~5人の部下とともに、欧米各国から招いた10人ほどを接待。長いテーブルに腰をかけて高級ワインを飲みながら雑談に花を咲かせていました。そして、頃合いを見て、社員教育のために少々意地悪な質問をしたのです。
「皆さんに教えてほしいんですが、世界最大のワインの産地はどこですか?」
もちろん、私は答えを知っています。というのも、私は大のワイン好き。自宅には3000本ほどの高級ワインを保管しているほどです。しかし、あえて知らないふりをして質問をしたわけです。
すると、同席していた客たちは口々に自説を唱え始めました。「フランスに決まっているじゃないか、当たり前のことだ」「いや、君、そりゃ、もう昔の話だ。今じゃ、ユナイテッド・ステイツだ」「いや、違う、チリだよ」「違う違う、サウスアフリカだ」「何を言ってるんだ、スペインだよ」……。全員が、自分の発言があたかも真実であるかのように、いろいろなでっちあげのストーリーをくっつけていました。全員が違う答えを主張して、しまいには激論が始まりました。
その様子を、部下たちは黙って聞いていました。でも、誰も、なぜ私がそんなことを聞いたのか知りません。私は、「よくまぁ、知らないのに好き勝手なことを言っているな」と内心あきれていました。要するに、知ったかぶり。そのうちにバカらしくなってニヤッと笑うと、私が答えを知っているのかもしれない、とようやくみんなが気づきました。
そこで、こう釈明しました。「いや、ちょっと飲み過ぎて、冗談で聞いたんだけれども、実は答えを知っています」。「どこだ、どこだ?」とみんなが一斉に声を上げました。答えはイタリア。数量的にはダントツの世界一なのです。その根拠も丁寧に説明すると、全員が恥ずかしそうにうつむいていました。
パーティが終わってから、私は部下にこう諭(さと)しました。「彼らは知ったかぶりをするから気をつけなさい。商談でも同じことをするからね」。客たちには申し訳ないが、これも重要な社員教育なのです。